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Diary

夏の少女2017年07月14日

◆暑かった。明日も暑いらしい。
◆しかし夏は暑いものだ。暑いからこそ夏なのだ。そしてその夏を思いっ切り愉しめる10代20代の頃の僕らの夏と言えば山下達郎さんだった。大瀧詠一さんもそうだったし少し後になってサザンオールスターズも出てきたし人によっては矢沢永吉だろ! という人もいるだろうけど、僕は山下達郎さんだった。写真はその山下達郎さんの名盤『COME ALONG』が何十年ぶりかで新作で帰ってくる『COME ALONG3』だ。この夏はこれを聴いて35年以上も前の青春の頃の夏を思いだそうかと。暑いけどさ。
◆北海道の夏は短い。最近でこそ温暖化の影響なのかこういう猛暑日が続いたり寝苦しい夜があったりもするけど、それでもあっという間に終ってしまう。学校が夏休みに入るのが7月の25日ぐらいで、それからお盆になるまでのほんの二週間ぐらいが〈夏本番〉だった。まぁその何もかも解放感に満ちあふれる夏の間にいろいろとバカなことをやってしまうのが若さであって、その短い夏の間にあんなことやこんなことやそんなことをいろいろやってしまってそれはとてもここに書けないのでいつか物語の中で昇華しようとは思うけれど。
◆そんな若さが暴走してしまう夏がやってくる前の時代の夏。小学生の頃の夏休みに、小さな思い出がある。小学生の頃は北海道の留萌というところの、そのまた奥にある小平(おびら)という町に祖母が住んでいた(そう、ザンティピーの物語で描いたオ・ヴィラのモデルになったところです)。祖母の家は海まで歩いて五分、海水浴場までは十分ぐらいのところだったので、毎年の夏はそこで何日かを過ごしていた。たぶん、祖母の家の近くに住んでいたんだろうKちゃんという女の子とよく遊んだ。ひとつ上だったはずだ。約束をするわけでもなく、祖母の家に行って海に遊びに行くと必ずといっていいほどKちゃんと顔を合わせて、海で遊んでいた。夕暮れ時になって遊び疲れたら近くの温泉施設にも一緒に行って潮っぽくなった身体をお湯で流した。小学生のことだから男湯か女湯か忘れたけど一緒に入っていたのだ。Kちゃんは妹を連れてきていて、僕も年下の従弟と必ず一緒だったのでお兄さんお姉さんとしてよく話をした。面倒をみなきゃならないめんどくささなんかも、二人で愚痴ったりしたのを覚えている。僕は旭川という北海道第二の都市に住んでいた(北海道の中では)都会の子だったので、いつか旭川のデパートにも行きたいというKちゃんと約束もした。そのときは街で会おうねと。
◆6年生の夏には、Kちゃんに会えなかった。そして僕が中学1年になって仲の良いクラスメイトを連れて海水浴に来たときにも、会えなかった。祖母の家の近所であることは知っていたけど、どこが家かは知らなかった。中学2年、3年の夏は親友たちと別の町へキャンプに行った。だから、Kちゃんに会えたのは小学5年の夏休みが最後だった。
◆もうその顔も姿も朧げでよく思い出せないけど、髪が短くて、リスのようなくりっとした瞳だったことはよく覚えている。

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