SHOJI YUKIYA OFFICIAL SITE sakka-run:booklover’s longdiary since 1996.12.18

Diary

私の先祖は鳥取出身です2018年02月22日

◆雪かきで疲れた日。
◆今年も雪が少ないかな、と思ったらここのところで帳尻を合わせて来やがった感じ。慣れているとは言っても一晩で30センチほども積もられるとやはりきついのよ。
◆オリンピック女子カーリングの〈会話〉が随分話題になっている。試合中の作戦を決める会話が全部聞こえてくるのがカーリングのおもしろさのひとつなのだが、彼女たちの使う〈北海道弁〉がカワイイとか。
◆で、まぁ「うん、そうだねカワイイよねー」ぐらいにしておけばいいのだけど、あまりにも「?」なご意見ご感想がネット上に散見されるので、北海道旭川市生まれ旭川と札幌育ちの小説家であるわたくしが一言私見を述べさせていただくなら、個人的には〈北海道弁〉というものは存在しないと思っております。それは〈北海道全域における共通の独自表現〉という定義で、です(方言とはそういうものですよね)。
◆そもそも北海道は開拓された土地です。150年ほど前に屯田兵ならびに開拓民が全国各地(おおよそ20ぐらいの県)からやってきたのです。もうおわかりですよね。あちこちの県からやってきた彼らはそれぞれのお国言葉(方言)を使って話します。でも話が通じない部分もあるので標準語で話そうとしました。北海道全域において話す言葉が〈基本は標準語〉なのはそのせいです。
◆タレントもどきが使って有名になってしまった「なまら」とか「したっけー」などという言葉は北海道の一地方で使われていた〈訛り〉であって、北海道全域で使われる〈共通の方言〉ではないのです。実際僕は50数年の人生でその二つの言葉を使ったことありません。大人になってから初めて聞いたぐらいです。
◆広い北海道です。その地方地方で残ってきた独特の訛りや表現は確かに存在します。それらをひと括りにして〈広い意味〉で〈北海道弁〉と定義することも、解釈としては成り立つのでしょうけどね。
◆まぁ眉間に皺寄せてどうこう言うものでもないのでこの辺にしておきますが、我々北海道民は三代遡ればそもそもは皆さんのいる土地に住んでいて、開拓民なんだというのは歴史として知っておいてくださいね。
◆ちなみに私の先祖は鳥取出身です。三代前の〈四代目小路〉が開拓民として北海道に渡ってきました。

泣きたいときは泣けばいいんだけど2018年02月18日

◆夜になって雪が降る。明日は雪かき。
◆オリンピックを観て泣いている。もう涙腺が本当に緩い。息子や娘のような年齢の若者たちが国を背負ってスポーツの勝負に挑み勝った姿に涙がこぼれるのだ。ただし感動しているのではない。嬉しいのだ。彼らが努力の果てにつかんだものに喜んでいるのが単純に嬉しいのだ。嬉しくて涙が出るのだ。
◆僕は昭和の男なので「男のくせに泣くんじゃない」というふうに育てられた。なので、人前で泣くことは今もしないが、一人で泣くことはある。映画を観たりマンガを読んだり小説を読んだりして泣いている。まぁそんなにしょっちゅうではないが、たまに涙を流すのは心と身体にもいいような気がする。よく失恋してボロ泣きして「あーすっきりした」というのがあるけど、あれは本当だと思う。泣きたいときは、ぎゃんぎゃん泣けばいいのだ。
◆映画は大好きなのでできるなら毎日でも観たいし、映画館にも行きたいのだが、やはりネックは泣いてしまうところだ。思わぬところで泣いてしまうときがあって涙が出ると当然のように鼻水も出てくる。しかし皆さんが映画を観ている中で鼻をチーン! とかむわけにもいかぬ。僕は鼻水をすするのが生理的にとても嫌なのでこれが困る。おまけに近頃はトイレも近いもんで長尺の映画も困る。途中でトイレに行けるはずもない。まぁ煙草は我慢できるから大丈夫なんだけど。
◆それで思い出したけど、まだ10代のときに初めてデートとして彼女と映画を観に行った。その映画を観ている最中に尿意をもよおしたのだ。ちょっとトイレと行くわけにもいかず、しかもそれはどんどん強くなっていって、こらえるのに必死で映画の内容なんかまるで頭に入ってこなかった。ようやく場内が明るくなったときに僕の顔はきっと顔面蒼白だった。それでも彼女の手前落ち着いてロビーまで歩き「ちょっとトイレ」とにこやかに笑って告げた。あれはつらかった。その後で喫茶店でコーヒーを飲みながら映画の話をしたが誤魔化すのに必死だった。何せ何も覚えていなかったんだから。
◆まぁ今は自宅でゆったりDVDで(Blu-rayもね)映画を観ることが多い。テレビも大画面だし、いつでも一時停止してトイレに行けるし鼻もかめるし煙草も吸える。でもやっぱり映画館で観たい映画もあるんだよね。

オリンピックがいつまでも平和の祭典でありますように2018年02月13日

◆寒い一日。ずっとマイナス10度ぐらいだったね。
◆二月に入ってようやく周回遅れを取り戻したような感じ。まぁ休んでしまったのもあるんだけど。そして新連載のネタも考えなければならないんだけど。大した小説家でもないのに途切れずに執筆依頼が来るのは本当にありがたい話だ。
◆冬季オリンピックが始まっている。日本選手の活躍を期待しているのはもちろんだしメダルを取ってくれれば嬉しいけれど、オリンピックが平和の象徴であることも忘れてはならない。世界中の国の人たちがスポーツを通じてひとつになることもオリンピックの意義なのだ。これ、実はテレビで観ているだけではあまり実感できないんだけど、現地でいろんな国の人たちと一緒になって応援するとよくわかる。負けてしまった国の人も勝った国の人も「惜しかったな」「凄かったな」「よくやったよな」と互いの国の代表たちの活躍を讃え合って交流するのは、本当にいいものなのだ。どこの国の人でもスポーツを楽しむ同じ人間なんだと実感できる。
◆と、さもオリンピックに現地で応援したことあるかのように言っているが、そんな経験はない。あるのはサッカーワールドカップでいろんな国のサッカー好きが集う店での経験だけだ。それでも(あのときは五カ国ぐらいの人間が集まっていたが)勝ち負けはあったけれど本当にサッカーを一緒に楽しめた。
◆ある出版社のパーティで某一流ホテルにいた。エレベーターで二人の外国人男性と乗り合わせた。そのときに一人が僕のカバンについていたワールドカップのピンバッジに目を留めて指差してニヤリと笑った。「この間のワールドカップのジャパンは惜しかったな」「君のところは?」「ブラジルだ」「僕が生きてる間に決勝戦で会いたいよ」「楽しみにしてるぜ。またワールドカップで会おうな」という会話を、一階に降りる間にして手の平を打ち合わせて別れた。もちろん僕の英語は片言なんだけど、何故か全部理解できた。
◆スポーツはいい。言葉はいらない。互いの健闘を讃え合いそのスポーツを楽しむ気持ちさえあれば、世界中の人たちと心が通じ合える。オリンピックがいつまでも平和の祭典でありますように。

お前はいったいどこにいるのか2018年02月06日

◆晴れたり曇ったり。穏やかな一日。
◆報道、つまりニュースというものは何だろうと考える。個人的な意見だけど報道とは、つまり新聞やテレビニュースや雑誌というニュース媒体(マスコミ)は〈国民にとって大事な事実や事柄をわかりやすくきちんと伝えるもの〉だと思う。〈大事な事実や事柄〉の中には、もちろん〈隠されていた事実や事件〉も含まれる。身体は子供で心は大人の名探偵は「真実はいつもひとつ!」と言っているがそれは違う。真実なんてものは見方で変わってしまうものだ。正確には〈事実はひとつ〉なのだ。もしも、事実が誤ったやり方で隠されていたのなら、それをきちんと調べ上げて国民に告げるのが、報道だ。決して〈一方的なあるいは恣意的な見方による真実〉を告げるのが報道ではないのだ。
◆さて、この国にたくさんある報道機関の中で、それを真っ当に行っているところがいくつあるのだろう? 豆腐屋さんは、正しい材料を使い正しい方法で豆腐を作って売っている。それが基本であり真っ当な正しい商売のやり方だ。思うに、この国の報道機関で働く人間の大部分は世の中の豆腐屋さんの目を真っ直ぐには見られないんじゃないだろうか。自分たちが正しい商売をしていないからだ。まぁ鉄面皮じゃなきゃやってられない商売だろうからこんな話もきっとカエルの面にションベンなんだろうけど。
◆僕は、芸能人が交際してるとか浮気したとか離婚したとか、店を開いたとかブランドを立ち上げたとか絵本を作ったとかそんなものはどうでもいい(放っておけそんなもん)。権力の腐敗や、弱きものをなぶる巨悪や、善き人たちを騙す悪人たちの悪事の数々を隠されたところから陽の光の元に引きずり出して晒して罪を問う〈報道機関〉に存在してほしい。寄らば大樹の陰で長いものに巻かれて甘い蜜の周りを飛び回っているだけの針を持たない蜂たちなんか、クズ以下でしかない(蜜蜂に謝れ)。政府にも、警察にも、宗教にも、あらゆる権力におもねることなく〈事実を正しく伝える〉報道機関よ。お前はいったいどこにいるのか。

僕はとても影響を受けやすい2018年02月03日

◆曇り。そんなに気温も下がらなかった日。
◆音楽を決めてからじゃないと作品を書かないというのはここでも何度も書いている。大体こんな話かな、というのが決まったら次に決めるのはその作品の〈テーマソング〉だ。つまり、その作品をどんなイメージで書くのか、というのを音楽で決めてしまう。もちろん洋楽のときもあれば邦楽のときもある。テーマソングが決まったらその他にも十曲ぐらい選んで〈その作品の架空のサントラ盤〉をiTunesで作り、それを流しながら書いている。本当に僕は音楽がないと書けないんだ。
◆ただ、あまりにも個性の強い音楽はテーマソングにはし難い。たとえば(大好きだけど)サザンオールスターズの曲をテーマソングに選んだことはない。あまりにも桑田さんのボーカルの個性と僕の中での印象が強過ぎて作品世界もそれに引きずられてしまうからだと思う。
◆その反対に、強烈な印象を持ったので作品世界のイメージをそれに寄せようと音楽を選ぶこともある。映画音楽なんかがそうだ。その映画があまりにも多くのインスピレーションを与えてくれたので、その映画のサントラをほとんど使ったりしたこともある。
◆そもそも僕はとても影響を受けやすい人間だと思う。素晴らしい音楽や映画や芸術作品に出会うと「あぁこんなイメージの物語を書きたい」とすぐに思ってしまうのだ。ある曲を聴いて「あぁこれをテーマソングにして物語を書きたい!」と思ったことなんか何度もある。まぁ最近でこそ年を取ったので、そんなにそんなに強烈に影響を受けるということもなくなってしまったのだけど。
◆日本人ミュージシャンで最も影響を受けた人は誰だろう? と、考えると、とても一人だけは選べないけれども、山下達郎さんは間違いなくその一人だ。いちばん最初に聴いたのはソロではなく〈シュガーベイブ〉だけど。
◆思えば若い頃に聴いた音楽、観たテレビドラマ、映画、読んだ小説、マンガ。その中で本当に僕を作っていったなと思うものがたくさんある。そしてそれはとても幸せなことだったなぁと思うのだ。

ページトップへ