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Diary

誰にでもやってくる人生の中の一日2016年06月09日

◆雨が降り続いていたこの二日間。odoroufurusato
◆具体的に言及するのは控えるけれど、この一ヶ月、二ヶ月近く、妻の実家の家族の闘病のために普段の生活のサイクルは崩れていた。普段は僕と二人きりで毎日を過ごし、健康や食事を気遣い家事に勤しんでくれている妻が家を空ける日が続いたりしていた。
◆妻がいなくても僕は家事万能人間なので支障はないのだが、やはり毎日の食事を自分で作ったり洗濯したり掃除をしたりすると、執筆のリズムは崩れる。そして僕も様子を見に行ったりもして時間も少なくなる。それでも一生懸命、この時期を乗り切ろうとしていた。
◆特別なことじゃない。家族を持っていれば誰にでも起こり得る日々が続いていた。
◆そして、その日がやってきた。
◆妻が一度家に帰ってきて、また少しの間ゆっくりと二人で過ごそうと思った矢先の電話だった。二人で、用意しておいた荷物を抱えて駆けつけた。小説家という自由業である僕は、文字通りいくらでも自由に時間を使える。そして、そういう事態を既に実家で一度経験していた。病院での処置や、その後のことを、皆に代わって進めることができた。
◆そうやって、慌ただしい日々が過ぎていく。悲しむ時間もないほどに。家族ではあるものの、ひとつ離れたところにいる僕は妻の家族の傍らに立ってサポートすることに徹していた。
◆その日々も、もう少しで落ち着いていく。落ち着いた先にはまた違う人生の諸問題が控え、故郷の空を思うことが増えていくのだけれど、それも特別なことではない。誰にでもやってくる人生の、日々だ。
◆少しばかり執筆のリズムが崩れているけれども、何とかリカバリーする。さすがに十数年も経てばもう新人面はできない。
◆故郷の空を思い、新しくそしてどこにもない空の下の物語を書いていく。

役者と腰痛と日々雑感2016年05月29日

◆晴れ。switchkiki
◆天気が良く気持ちの良い日だけど、窓から入ってくる風は少し冷たい。陽射しのあまり入らない部屋で窓を全開にしていると靴下を履かなきゃと思うぐらい。
◆そして実はまだ腰が治り切らない。もう顔を洗うのに腰をずっと屈めていられるぐらいには快復しているんだけど、ずっと座っていると腰が固まる。立ち上がるときに伸ばさなきゃちゃんと立てない。しかもさっきくしゃみを三回やったときにちょっと痛めた。やれやれだ。もうちょっとこの腰痛と付き合わなきゃならないようだ。
◆ひょっとしたら僕は役者になりたかったのかもしれない。まぁこの辺は話していくとどんどん深みにはまっていくようなことになってしまうのでさらっと流すけれど、俳優、役者、呼び名はいろいろあるけれど、そういうものに憧れていたのだろうかとも思う。自分ではそんな意識も役者になろうと思ったことも一度もなかったんだけど、何となくそう思う。
◆自分がなりたかった〈俳優〉というものを頭の中で作り出して、彼ら彼女らを小説の中の登場人物にして物語を描いていっているのかもしれない。創作論めいた話になるけど、案外それも(あくまでもそれも)正解なのかもしれない。現実に存在している俳優さんをモデルにしてあて書きしたことはないけれども(ノベライズは除いて)、たとえば〈東亰バンドワゴン〉の我南人は、実は我南人役をやる赤坂広太郎(適当な名前だよ)という役者を作り上げて彼に〈堀田我南人〉を演じさせているのかもしれない。
◆日常生活においては誰もがある程度の演技をしていると思う。会社にいるときと自宅にいるときの自分、友達といるときと恋人といるときの自分、そして親といるときと子供といるときの自分。それを演技と意識するかあたりまえのこと思うか。ひょっとしたら自制心の強い人、常に冷静でいられる人は高い演技力を知らずに有しているのかもしれないな、とも思う。
◆人生は舞台だ、なんて言うしね。

日々雑感。僕は真ん中にいる。2016年05月20日

◆晴れ。気温も高く穏やかな天候。hanaregumi
◆札幌では花々が咲き誇っている。もうどこに出しても恥ずかしくない春真っ盛りの北海道。これからが北海道はいちばん良い季節。どうぞ皆様おいでませ北海道。
◆好きな映画監督である是枝監督の新作『海よりもまだ深く』がもうすぐ公開になる。写真はその主題歌である〈ハナレグミ〉の『深呼吸』だ。是枝監督は老いた母と中年になった息子を中心にした物語としてこの映画を描いているようだ。観ようと思う。
◆是枝監督とはほぼ同い年。僕は55歳になっている(たぶん彼はひとつ下)。紛う方なきオジサンだし初老のゲートをくぐったと言ってもいい年齢だ。会社員なら部長とか取締役クラスの年齢だ。学校では教頭先生や校長先生。
◆そして、両親を失う年齢になっている。20代で子供を作ったとすると、その子供が55歳になれば親は当然80代になるだろう。言葉は悪いが、いつ逝ってしまってもおかしくない年齢だ(もちろん人生の終わりは人それぞれで、僕の父などは10年以上前に亡くなってしまったが)。
◆肉親の、特に親の死を思ってそれを作品への糧とするのは、創作者なら幾度となく繰り返している。誰もがそうのはずだ。この先も僕は既に父を失ったことを思って、何かを作り上げようとする。小説家だから、物語を書こうとする。これもある意味では悪趣味だが、この先いつか母が亡くなってしばらくしたら、間違いなく僕は母を思って、物語を書き上げるだろう。
◆今現在、僕は真ん中にいる。つまり、僕には親と子供がいるということ。しかも子供も既に大人の年齢に達している。老いた大人(親)がいて、老いのゲートをくぐった大人の僕(子供であり親)がいて、大人の年齢に達したばかりの若き大人の子供たちがいる。この先に、親が死んでしまって、子供たちが親になったときに、つまり真ん中ではなく先頭に立ったときにどんな心持ちになるのだろうか(まぁ子供たちが親にならない可能性もあるのだが)。
◆大人になるということはどういうことかって、ずっと考え続けているような気がする。ひょっとしたらずっとそんな小説を書いているのかもしれない。

歌を唄ってくれ。2016年05月18日

◆晴れ。穏やかな天候。slowhand
◆ほぼ一日中窓を開けていても気持ち良い天気。軽いぎっくり腰もようやく九割方回復。まだ違和感と痛みが多少あるのでウォーキングやストレッチはしないでもうちょっと大人しくしている。
◆歌は世につれ世は歌につれという言葉があるけれど(あるんですよ若い方々)。中学の頃から作詞作曲を始めてミュージシャン(つまりシンガーソングライター)になりたかった。作詞したのはたぶん少なくとも百曲はあると思う。だから、つい最近プロのミュージシャンに作詞を頼まれたのは本当に嬉しかった。嬉しくて歌詞を書き始めたのはいいけれど、めっさ困った。僕の文章はもう〈小説家の文章〉になっていたのだ。
◆歌の歌詞って、ぶっちゃけ正しい日本語なんか考えなくていいのだ。いやもちろん正しい日本語で書かれている歌詞もたくさんあるけれど、名曲と言われる歌をひもとけば必ずしもその歌詞の日本語は正しくないのもある(ここで例を挙げるのは失礼なのでしないけど)。歌詞は、ただひたすら感覚でいいんだ。そういうものなんだ。僕は十数年の小説家生活ですっかり感覚で歌詞を書くことを忘れてしまっていた。文章を書くというのは本当に難しいものだと痛感する。
◆そして感覚で書かれた歌詞と曲とあいまってさらには編曲されひとつのサウンドとなって一体化して歌い手の個性でその〈歌〉が完成する。その完成した〈歌〉を聴いて歌詞の内容を吟味したりしない。ただ聴いてシーンを思い浮かべて、そこにドラマを感じる。そして感動したりする。
◆もっと言えばたったひとつのギターのフレーズに感動したりする。その〈音〉に涙したりする。歌として作られた〈世界〉をそのギターのリフがあまりにも美しく彩っていたりした場合だ。
◆最近の歌の歌詞は、なんて年寄りの繰り言は言わない。J-POPなんていうもっともらしい枠組みなんか消してくれ。もっともっと世界を拡げてくれ。鮮やかに彩ってくれ。感情を揺さぶる歌を唄ってくれ。

腰を痛めて新連載など日々雑感2016年05月12日

◆札幌近郊は小雨混じり。piratesrock
◆春らしい陽気が続いた後に少し天気がぐずついている。スカッと晴れて早く窓を開け放って執筆をしたいものだと思う。外の空気を感じながら、そして外から聞こえてくる音を感じながらの執筆は楽しい。だったら一年中そういう気候のところに引っ越しでもして書けよ、と、思うしそういうことができる状態ではあるのだが、まぁこの年になると腰を上げるのも一苦労なのだ。
◆そう、今朝起きて早々にちょっと腰を痛めてしまった。もう三〜四年前に一度雪かきで腰を痛めてから、予防としてストレッチやらいろいろと腰回りの筋肉をつけたりはしているもののたまにやってしまう。これはもうどうしたものかなぁと。まぁ瞬時にヤバいと察知して軽度で済んでいるので二、三日で治るとは思うが。
◆相変わらず締切りに追われている上に日記に書くような特別な出来事もない。新しい連載もまたいくつか始まります。河出書房新社さんのサイトで始める予定だった『花歌は、うたう』はちょっと河出さんのWEBサイトリニューアルの関係でアップが遅れている模様です。もう少々お待ちください。どんなお話かというと、東京で暮らす女子高生の女の子を中心に、その母、そして祖母、さらに失踪しているミュージシャンの父親の物語です。もうひとつ、祥伝社さんの〈コフレ〉で始まる予定なのは『マイ・ディア・ポリスマン』です。こちらはお寺の脇にある交番勤務の若いお巡りさんとちょっと理由ありの高校生の女の子を中心にした町の人々の物語です。あ、たった今作者も気づきましたがどちらも物語の主役格になるのは女子高生でした。おいおい設定ちょっとかぶってんじゃないか考えろよ小路幸也ですね。別にそういう趣味じゃないですからね(^_^;)。たまたまそういう気分だったんでしょう。
◆その他にも新しいお仕事の話はありがたいことにいろいろと来ております。秋口からは徳間書店さんの方で『続・蘆野原偲郷』の連載も始める予定です。あと、再来年の刊行に向けて練っている新しい物語もあります。とにかく倒れるまでROCK ‘N’ ROLL!!で書き続けます。
◆よっこらしょっと。あぁ腰が痛い。

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