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Diary

性格のようなもの2018年06月17日

◆晴れ間も見えたが夜になって小雨。
◆相変わらず北海道は寒い。少しは気温が上がったけどまだ暖房を続けたいぐらいの気温だ。そろそろ平年並みに戻ってくれないと農作物への影響もあるんじゃないか。頼むよ。
◆家の屋根の天辺にも届くぐらいに大きくなっていた庭の桜の木だけど、昨年の秋に剪定してもらった。住宅街の庭にあるには少しばかり大きく育ち過ぎていたのだ。秋の落ち葉も近所迷惑だったろうし(迷惑だと言ってきた人はいません)。なのですっかり小さくなった桜の木なんだけど、どうも葉っぱが二倍ぐらい大きくなっている気がする。枝を減らした分だけ葉っぱに栄養が行き渡るようになったんだろうか。きっとそういうことなんだろう。植えて二十年ぐらい経ってから剪定したので、次は十年後ぐらいだろうか。
◆写真はエレファントカシマシの新譜『WAKE UP』。
◆人はだいたい高校生ぐらいまでに見聞きしたもので感覚的なものは決まってしまうんじゃないか、とはよく聞く話で実際その通りだと思う。自分のことを考えてみても、強い影響を受けたものはおおよそ高校生ぐらいまでに見聞きしたものだ。もちろんそれ以降のものに影響を受けたことはあるけれども、それは喩えればケーキのデコレーション部分だ。内側のスポンジ部分にあるのはやっぱり高校生ぐらいまでに見聞きしてきたマンガや映画や小説や音楽で僕の大部分は作られている。じゃあさらにその根っこの部分は何だろうと掘り下げてみると、思ったのは淋しがり屋の自分がそこにいるということだ。五十半ばを過ぎたジジイにそんなことを言われてもめっちゃ気持ち悪いだろうが、それは疑いようのない事実。幼い頃の僕は淋しがり屋だった。誰かが同じ空間にいてくれないとものすごく困っていた。だから留守番のときには必死で〈誰もいない〉ということを忘れようとして小説やマンガやテレビやラジオに夢中になっていた。読書好きになったのはたぶんそのせいもある。
◆たぶん、今もそういうものは抜けていない。長時間一人で部屋で過ごすのは苦手な方だ(むろん、自分の家は別だが)。東京のホテルで一人泊まるとき、執筆しているとき以外はテレビを点けっ放しにしている。寝るときもボリュームを落として点けっ放しだ。それは誰かの話し声が欲しいからだ。
◆そういう性格のようなものはきっと作品にも滲み出るものじゃないかと思う。

言葉は交わし合うもの2018年06月09日

◆夜になって急激に冷えてきた。
◆現在22:32の外気温は9度ぐらい。いくら北海道とはいえこの時期にこの気温は寒い。一昨日の昼間は30度近くになったというのになんだこれは。かといって暖房を点けるのはあまりにも悔しいので冬用のカーディガンを着込んだりしている。そもそも僕は寒がりだ。寒がりというより、ずっと椅子に座っているから身体に熱を発しない。今も冬用のカーディガンを着ているけれどきっとストレッチをしたなら身体も温まってくると思うんだけど。
◆入院した余波がまだ続いていて締切りが渋滞して玉突き状態を起こし続けている。何とかひとつずつこなしてはいるけれど、担当編集さんにご迷惑を掛けてばかりだ。いっそのこと休んでしまおうかとも考えたけどそうしたらそうしたできっと後悔するんだ。なので、大変申し訳ないけど何とかひとつずつ書いていきますのでよろしくお願いします。
◆集中力が続かなくなったのは心臓をやっちまう前から感じていたので断じて病のせいではないのだ。これはいずれ何とかしなきゃならない。環境を変えるとかかなぁ。いやそうしなきゃならないって答えはわかっているんだけどね。
◆権力を持った人間は腐るのだ。それはもう間違いのない事実であり現実。権力を持っているのに清廉潔白な人間なんてドラマの中にしかいない。現実には絶対にいないと断言する。だから、政治家は全員腐っている。何度も言うが、身内に政治家のいらっしゃる方には申し訳ないが、事実だ。お金を持った人間は腐ると言い換えてもいい。ある程度の金持ちになるとどんどん心は腐っていく。まぁその反対に貧乏になればなるほど心は荒れていく部分もあるんだが。なかなか良い具合というところを見つけるのは難しい。
◆どれほど善き世の中を望んでもそうはならない。そもそも世界中の人が同じ方向性の善き世の中を見つけることが不可能に近い。全員が同じ夢を見るなんてことは、それは人類が破滅したという意味に近い。人類が歴史を重ねるということは傷の上に傷を重ねていくということなんだ。それは文字通り歴史が証明している。
◆だから、少しでもその傷を小さく浅くするためにわかり合い努力し合わなきゃならない。国のリーダー同士がそう思って導いてくれればいちばん手っ取り早いのにそうはならない。
◆せめて、それを理解できる僕たちはたとえ日常の会話であっても、わかり合おうとする努力をしなければならない。それが、コミュニケーションというものだ。言葉は交わし合うものだ。ぶつけあうものじゃない。

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