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Diary

繋がりは力になるよ2019年10月31日

◆晴れたり曇ったり忙しい天気の一日。
◆どうもやっぱり書くことがないのでここの更新ができない。書く体力が落ちているんだなー。昔はいくらでも書けたしここを始めた23年前は〈読書日記〉ってことでまだただの活字中毒者でしかなくて毎日本を読んで毎日感想をアップしていたのだが。そういえばもう23年も経つんだな。
◆その頃にネットで出会った読書仲間の皆さんも随分年を取った。その多くの方々に今もネットであるいは出版関係のパーティなどで会えるというのも楽しいものだと思う。
◆パーティというのはいわゆる文学的な〈○○賞〉の受賞パーティというものなのだけど、ほとんどの出版社がそれぞれの〈○○賞〉を主催しているので時期になると招待状が届く。この招待状が届く、というのも、小説家として認められたみたいな感じがして嬉しく感じたものだ。ま、今もあの賞とかあの賞なんかは届きませんけどね(^_^;)。デビューした頃は嬉しいのが半分、もう半分は営業のつもりで顔を出していた。パーティに行くのでついでに編集さんに会って次を書かせてもらえないかどうかお願いしたりもした。顔繋ぎって部分もあった。そりゃあ会えない作家より実際に会って話した方が書いてもらおうかな、って気になる確率は高まるだろう。ましてや執筆依頼を電話やメールで済ませるのは失礼という意識もあるからね。まぁまるで売れてない頃にはお金もなくて飛行機代や宿泊費を借金して行ったこともありました。電車代節約でホテルまで歩いたりね。いや辛かったなぁ。
◆ネットの時代だ。それはもう間違いない。どこにいたって仕事ができる時代だ。互いにパソコンの前で顔を見ながら打ち合わせだって普通にできる。だから会わなくてもいいんだけど、ネットで顔を合わせているんだけど、それでも仕事はやっぱり人対人だ。実際に会って話をすることは、儀礼とかそういうものを抜きにして、必要なことだと今も思う。生身の身体というものがある限り、その存在を抜きにして人と人は本当の意味で繋がれないのだと思う。もちろん、実際に会ったからってその人はいい人とは限らないし仕事が上手く進むとも限らないけど、人と会って話して感じたその記憶は体験として自分の中に残っていく。それが、経験として生きる力になっていく。その生きる力が発揮される場面は訪れないかもしれないけれど、備えの力はあった方がいいに決まってる。
◆苦労は買ってでもしろ、って言うけれど、そりゃ苦労なんかしない方がいいに決まってるしできればしたくないけれど、58年生きてきて、してきた苦労(と思えるもの)を思い返せば、あれがあったから今があるな、と納得して頷ける。

ボスになっていく彼女たち2019年10月07日

◆曇りの日。
◆随分と寒くなってきた。もうそろそろ暖房のスイッチを入れないと朝晩がツライかなぁという感じ。そもそも座り仕事なのでずーっとじっとしていて動くのは指と頭の中だけだ。なので、薄ら寒いだけでも気になる。対して妻は家事一切を全部やっているので動き回る時間帯が多い。三度三度の食事の支度だってキッチンでは火を使う。なので、そこんところは声を掛けあう。「そろそろ暖房を入れていいでしょうか」「いいわよ」そんな感じで(^_^;)。
◆作家になって16年が過ぎている。デビュー当時から担当してくれた編集さんは、もうほぼ全員が代替わりしている。あくまでも僕の場合だけどデビュー当時から担当編集は女性が九割だった。しかも皆さん若かった。僕は四十を超えてからデビューしたのでほとんど娘といってもいい年齢のお嬢さん方ばかり(もちろんそうではない人も少しいたけれど)。その人たちも十数年経った今はほとんどが要職に就いている。つまりボスになっているのだ(部署が変わった人もいるけどね)。
◆今日、その中でほぼ最後の砦として最初から僕を担当していた女性もついに担当編集を変えるとメールが来た。彼女も既にそこのボスになっていたので遅過ぎたぐらいなのだが。十数年も僕を担当してくれた人だ。彼女と作った本の数も片手では数えられないぐらいになった。もちろんこれからも繋がりはあるけれども、長い間売れない作家に本を書かせてくれてありがとうございましたと言いたい。
◆ここで内情を少しバラしてしまうと、もう何年もそこから本が出ていない出版社もある。そこの担当編集さんはもう担当なんだかそうじゃないんだかわからないぐらい連絡もない。一切ない(そもそもまだそこの部署にいるかどうかもわからない)。まぁぶっちゃけ僕の本が売れないから執筆依頼がないのだ。それはもうこちらの力不足なのでしょうがない。幸い他のところから依頼があるのでこちらも放っておいている。いつか縁があればまた連絡が来るでしょう。
◆僕にとって担当編集さんは、クライアントだ。前職が広告会社だからそう表現するわけじゃなく文字通り執筆という仕事をくれるところだ。まずはそのクライアントのためにいいものを作るのが、仕事だ。それが成功すれば読者へと繋がる。ただ、前職と違うのは、クライアントが要求するものを作るわけじゃない。僕がおもしろいと思ったものを書ける。それを許してくれる。むしろそうしてくださいと言ってくれるありがたいクライアントばかりだ。本当に、ありがたい。
◆これからも頑張るよ。だから執筆依頼ちょうだいねヽ( ´ー`)ノ

『夏服を着た恋人たち マイ・ディア・ポリスマン』が出ます。2019年10月05日

◆曇り。
◆10月じゃなくて8月じゃないかっていうぐらいに暑い日が続いたりして近年は本当に秋の存在感が薄れっぱなしじゃないかと。
◆そんな日に10月11日頃に店頭に並ぶ予定の単行本新刊シリーズ第3弾『夏服を着た恋人たち マイ・ディア・ポリスマン』(祥伝社)の見本が届きました。
◆シリーズになるものって本当に最初はそんな予定もなくちょっと売れたので(具体的に言うと重版したので)次も書きませんか? って感じでシリーズになるのですよ(当社比)。なのでこの〈マイ・ディア・ポリスマンシリーズ〉もそんな風に始まったしまったのです。当初は交番のお巡りさん〈宇田巡〉と女子高生〈楢島あおい〉の物語だったのですが、シリーズになってしまうとあおいが女子高生のままだとなかなか動けないのでさっさと高校卒業してもらって、当初からの設定だったマンガ家さんになってもらいました。ある意味交番のお巡りさんは交番から動かないので、宇田巡査よりはフリーの身であるあおいの方が外に出かけることになりますね。でもめっちゃ売れっ子になるとあおいも外出できなくなってしまうので(^_^;)、もしもこの先シリーズが続いてもそんなに売れっ子マンガ家にはならないでしょうね。
◆宇田(うた)という名字も単純に〈うたのお巡りさん〉というのが楽しいな、と思ってさらに巡査だから巡(めぐる)という名前でもいいかと百パーセントダジャレでネーミングさせられた巡査〈宇田巡〉。毎回、大きな事件になりそうだけど、基本は交番のお巡りさんと町の人たちの生活を描いていく物語なので大きなものになる前に解決するというパターンで続いていますが、今回は暴力団による特殊詐欺と外国人就労者の問題を扱っています。タイトルにもあるように、あおいもれっきとした社会人になって、堂々と恋人として付き合えるようになった巡とあおい。そして事件のきっかけになるのも、あおいの父の親友で行方不明になっていた人が女性と一緒にいて、さらにはお馴染のメンバーになったドローン使いのカツヤとケイの方にも若い女性の姿があって、と、恋人たち(のようなものも含め)が三者三様の形で事件の中心に足を踏み入れていくものです。巡とあおい、そして親しい友人や仲間になっていった皆の活躍を愉しんでいただけたら嬉しいです。(余談で前にもお伝えしましたが、先月出ました『あの日に帰りたい 駐在日記』(中央公論新社)と〈交番のお巡りさん〉設定が被ってしまいしかもシリーズになってしまいましたが、本当にたまたまなんです)。
◆著者である僕もこのシリーズ、毎回装幀のイラストが楽しみなんですが、今回もとても可愛らしく爽やかでいいですね。とても58歳のおっさんの本とは思えませんヽ( ´ー`)ノ。タイトルは二作目を春に設定したので次の季節の夏にかけたものですが、アメリカの作家アーウィン・ショーの名作『夏服を着た女たち』からいただきました。本当に名作なのでもしも手にすることがあったらぜひ読んでくださいね(あ、『夏服を着た女たち』は現代小説です。お巡りさんとは関係ありません)。

小説を書くということは2019年09月27日

◆東京も札幌近郊も晴れていた。なかなか暑い。
◆一晩だけ東京に行っていた。KADOKAWAさんの主宰する〈角川文庫キャラクター小説大賞〉の選考会だ。選考委員なんて柄でもないのだが、KADOKAWAさんにはお世話になっているし三年間という短い任期だったので引き受けた。今年で三年目なので終了。お世話になりました。同じメフィスト賞出身の高里椎奈さんとも三年間一緒に審査できて楽しかった。高里さんまたどこかで会いましょう。
◆三年間やってきたけど毎年最終候補作のレベルが上がっていくことに驚いた。本当に一年目二年目三年目とぐんぐん上がっていった。それが僕ら二人が選考委員であることが要因だったら本当に嬉しいんだけどどうなんだろう。
◆候補作のジャンルも毎回バラエティに富んでいて、普段読まないようなジャンルの作品を読めたのもなかなか楽しかった。きっとげんなりするようなものもあるのかなぁと戦々恐々の部分もあったけど、さすがに最終候補に残るものだけあって、きちんと〈小説〉になっているものばかりだった。中には本当に「よくこれを最後まで書き上げたなぁ」と感心する作品もあり、初心忘れるべからずだなぁ、と自分に言い聞かせたりなんだり。
◆小説を書くというのはその人の(登場人物の)人生を書くということであり、よく〈人間が書けていない〉なんてネタのようにされる批評もつまりは登場人物の人生が見えてこない、ってことだと思う。それがたとえ高校生だとしての十何年間の人生の積み重ねは間違いなくその人の個性になっている。作者である書き手がそこをきっちり考えてやらないと、つまりその登場人物が生きてこないということだ。登場人物が勝手に動き出すというのは本当によくあることで、それはしっかりとその人の人生を作り上げているからこそ、その舞台で勝手に動いて自分の日々を作ってくれるのだ。
◆だから、小説を書こうとする人は、小説家になりたいという人は、毎日をきちんと生きていった方がいい。たくさん本を読んで映画を観てドラマを観てマンガを読んで、そしてたくさんの人たちの人生を思った方がいい。確かに想像だけで小説は書けるけれども、百人の知人がいてその人の人生を思える人と、五人しか知人がいなくて自分の人生しか思えない人なら、明らかに想像できる幅が違う。銀河系と太陽系ぐらい違う。少なくとも僕はそう思う。友達百人作ろうという話ではなく、百人の人の人生を思える方がいいと思う、という話だ。
◆打ち合わせもしてきた。また新しいお仕事の話もいただいた。ありがたいことだ。これでまた数年間小説を書いていける。自分の作品を世に出せる。
◆猫を飼ってから初めて僕が一晩留守にしたんだけど、飼い主が帰ってきても猫は特に反応しなかった。犬なら尻尾振って喜ぶのに。猫は「あら」って顔をして通り過ぎただけだった。今も寝ている。

いつかやって来る日に。2019年09月22日

◆晴れたり曇ったりの日。
◆妻が二日ほど実家の用で留守にしているので(逃げられたわけではない)、猫と二人だけの生活をしている。まぁ特に普段と変わりはないのだが、犬は散歩に行くと大きい用を足すので心配ないけど、猫はいったいいつ大きい用を足すかわからない。猫のトイレは僕の机からそう遠くない場所にあって音がするのでしたのはわかるのだけど、先日は猫はゴムを飲み込んで、それが出てくるまでは気が気じゃなかった。要するに妻がいない二日間、執筆と猫が寝ているとき以外は猫の様子をずっと気にかけている。遊んで攻撃もあるしね。
◆今、実家の整理をしている。もっとも実際にしているのは実家の近くに住む姉であって僕は何にもしていないのだが。近い将来というか、もうすぐに実家がなくなる日がやって来る。もう誰も住んでいないし、あちこち修理しなければ住めないほどになってきて、そして誰も住む予定がないのだ。それで、姉と話し合って決めた。淋しい気持ちもないこともないが、これが人生だろう。
◆今住んでいる自宅も、やがて僕ら夫婦がいなくなる日はいつか来る。そのときに二人の息子はどうするのか、話してはあるけれども折りに触れて確認しておいた方がいいだろう。息子たちが後始末に困るようなものは、残していってもしょうがない。僕が作家という職業なので、僕が(そして妻が)死んだ後に息子たちには著作権継承者という仕事も残ってしまうのだ。まぁ二人の息子にお金が残せるとは思えないけれども、でも僕の死後に突然復刊して映画やドラマになって売れてお金が入る、なんてことはまったくない、とも言えないから、そこんところはきちんとしておかないと。
◆それにしても、自分がそのときのことを考える年齢になるなんてまったく信じられない。今も不思議だ。頭の中は十代の頃からまったく変わっていないんじゃないと思えるのに。
◆長生きしたいとはまったく思っていないけれど、僕は善人ではないので案外しぶとく生き残るのかもしれない。わかんないけどね。こうやってずっと文章を書いていけるのなら、長生きしてもいいけどさ。

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