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Diary

『恭一郎と七人の叔母』が文庫になります2019年02月02日

◆大荒れの北海道。とにかく風が強い。ここ何日かは地吹雪が本当にひどくてもちろん雪も降って大変だった。今期は積雪が多い年になってしまいました。雪かきもマジ疲れる。
◆今日になってようやく強風も落ち着き、一息つけた。届いた見本は2月8日頃に発売予定の『恭一郎と七人の叔母』(徳間文庫)です。
◆これはよく覚えていますけど、徳間書店の担当編集さんと晩ご飯を食べながら「次の連載はどんなのにしますかねぇ」としばし悩んでいたんですよ。そのときにふっと「実は僕には叔母がたくさんいましてね」という話になって、「じゃあそれ行きますか」と(^_^;)。実際には叔母は五人しかいないんですが、パット・マガー『七人の叔母』という名作もあることだしちょっと乗っからせてもらって、叔母を七人にしました。
◆物語は更屋恭一郎という甥っ子を中心にして、それぞれに個性的な七人の叔母の人生と恭一郎の家族の物語を語っていくというものです。
◆もちろん、五人の叔母がいることで、それを材料にしたとはいえ物語の内容は全てフィクションです。僕の母が長女であり僕はいとこたちの中でも年上で、その辺の設定はそのまま生かしましたが、僕の叔母たちが全員こんなにも波乱万丈なおもしろい人生を送っているということはありません。ただ、僕の五人の叔母たちも本当にそれぞれが違う個性を持っているんですよね。年齢が近い姉妹なのにこんなにも性格が違うんだなー、と、それこそ若い頃から感心していました。そういう雰囲気は参考にさせてもらっています。いつものように、大きな事件などは起こりませんが、七人の叔母たちがどんな人生を歩んだのか、気楽に楽しんでいただければ嬉しいです。
◆こんな物語を書いたことを叔母たちには一切言ってないんですけどね(^_^;)。皆さんもう八十、七十代のご高齢なのでこんなところは見ていないと思いますが、謝っておきます叔母さんたちごめんなさいヽ( ´ー`)ノ
◆作中にも出てきますが、うちが長女の家だったので、僕らが幼い頃の盆暮れ正月などは、必ず何家族かが我が家に集まっていました。今は誰も住んでいない実家にはお客様用の布団が何組もあるんですが、それもむべなるかなです。叔母は五人ですが叔父も二人いるので、母のところは八人兄弟姉妹なんですよね。おじいちゃんおばあちゃんは米農家だったのですが、よくぞそんなにもたくさんの子供たちを育て上げたなぁと、本当に感心し、尊敬します。

春を待つ季節2019年01月17日

◆晴れ間はあるものの強風で地吹雪がひどい。ネットがブチブチ切れるのだが風の影響があるのだろうか。いやうちは光だよね。全部有線で繋がってるよね、と不安になるほど。
◆遅れていた原稿をなんとか上げた。ギリギリというか編集者がいちばん回避したい文字通りのデッドラインだった。今回こそきちんとしようと思っていたのにダメだった。この年になってこんなにダメってどういうことだと自分を罵りたい。編集ガールに罵ってもらってもいいのだがそれだとご褒美になってしまうかもしれないので自分で罵る。だが何とか上げた。出来不出来が気にはなるものの、もうそれを気にしてもしょうがない。初校ゲラで真っ赤にするだけだ(それもダメじゃん)。
◆他の連載原稿も休んでしまった。休んでいるところと休んでいないところがあるけどそれはスケジュールの関係。こちらも毎回おなじみになってしまって編集さんに苦笑いされている。本当に、本当に来年があるなら来年こそ何とかしたい(もう今年だった)。する。するかもしれない。するような気がする。
◆さて、立て直しだ。資料が山積みになっている机周りを片付けて、ドーピングと座りっぱなしでボロボロになった身体をストレッチでほぐす。
◆今年は、次男が大学を卒業して社会人になる。いよいよ本当の意味で子育ても終了になるのかもしれない。仕送りを送らなくてもいいし(^_^;)、猫を飼う予定もある。あ、その前にずっと預かっているお義母さんのインコを返せるようにしなければならない。
◆1月に入ってもちろん冬真っ盛りなのだが、実はもう〈春を待つ季節〉だ。毎年言ってるけれど、12月までは冬を待つ季節で嫌だなぁと思うけれど、1月になればこっちのものだ。もう春はやってくるのだ。どんなにどか雪が降ろうとマイナス10度を超えようと、春はこっちに向かってやってきている。冬の厳しい北海道に住んでいなくてもいいのに、何故か引っ越す気になれないのは、春が来るのをこんなに楽しみにできるからかもしれない。
◆冬はもうすぐ終わる。春がやって来る。

明けましておめでとうございますから『アシタノユキカタ』2019年01月02日

◆明けましておめでとうございます。
◆新年の抱負などというものはなく、ただひたすら原稿を上げることだけを考えて年末も正月もなく書いています。毎年この状態を何とかしたい、心安らかにテレビでも観ながら正月を過ごしたいなと思いながらも全然どうにもなりません。己のふがいなさと執筆体力のなさに涙する日々です。本当に担当編集さんには申し訳ない。書いていますから。一生懸命書いていますから。
◆そして年末に届いたのは『アシタノユキカタ』(祥伝社)の文庫版です。おそらくは10日過ぎあたりに店頭に並ぶのではないかと思います。『アシタノユキカタ』(祥伝社文庫)です。
◆どういうことでこの話を書くことになったのかはもう忘れてしまいましたが(^_^;)、確か編集さんと話していて「先生と生徒の恋愛なんかどうですかね?」なんて言い出したような気がします。元高校教師の片原修一の家に突然現れたどう見てもキャバ嬢の由希、そして一緒にいたのは小学生の女の子あすかちゃん。由希は片原に「この子を九州にいる母親の元へ送り届けてほしいのよ」と言います。母親の名前が凛子だと知ったとき、片原はその願いを聞き入れますが……というところから物語が始まります。結局この三人で軽自動車に乗り、北海道は札幌から九州まで向かうことになるのですが……。
◆いわゆるロード−ムービー的なストーリー展開になります。『アシタノユキカタ』という少し変なタイトルは〈明日の行き方〉という意味と、実は〈あたしの生き方〉という意味合いも込めています。当初は由希と凛子の二人の女性にフォーカスを当てようかと思って付けたダブルミーニング的なタイトルだったのですが、語り手を片原にしたことで意味合いは〈明日の行き方、生き方〉の方へスライドしました。
◆片原修一にも由希にも実は秘密があって、その秘密が物語を大きく動かすエンジンになっています。秘密はあっても何の裏もない、文字通り少し大人の恋と友情と生き方の物語です。それと、わかる人にはわかると思いますけど、作中で語られる登場人物たちの根幹を為すエピソードのひとつはある少女漫画へのオマージュにもなっています。名作といえるほどの作品ではない小品なのですが(失礼ながら)、当時からものすごく好きなエピソードだったので今回使わせてもらいました。どの部分なのかと想像していただけるのもいいかと。楽しんでいただけたら嬉しいです。
◆平成が終わる2019年。昭和、平成、○○と三つの時代を生きることになってしまったわけだ。平成が終わるというのに、27歳から57歳までを生きたというのに、いまだに僕は平成に慣れていない気がする。たぶん昭和の時代に僕の全部が、考え方も感じ方も生き方も全てが作られたからだと思う。そこから先は作られた自分をその足で頭で動かしてきたんだなぁと。
◆今年も書き続けます。本年もどうぞよろしくお願いします。

良いお年を!2018年12月31日

◆札幌近郊は薄曇りの、2018年が終わる朝を迎えている。いつもなら夜に更新するところだけど、最近は夜はすっかり書く体力がなくなる(^_^;)。執筆するので精一杯でここを更新する余裕がないのだ。なので、朝からもう今年最後の挨拶をしてしまう。
◆ここから先はほぼ毎年同じことを書いていますが(^_^;)、今年も書きます。
◆おかげさまで今年もたくさんの物語を書くことができた。連載はもちろん、単行本も文庫本も多く出すことができた。何もかも、僕に執筆を依頼してくれる出版社編集者の皆さん、そして僕の本を置いてくれる書店さん、買ってくれる読者の皆さんのおかげだ。本当に、毎年同じことしか言えないけど、感謝しかない。小説家は、生き方であると同時に職業だ。生活の糧を得るために物語を書いている。その物語を全部の意味で〈買ってくれる〉人がいないと成り立たない。皆に生かされている。今年もそうやって生きてこられた。本当に、繰り返すけど感謝の気持ちしかない。
◆人生は美しい、未来は明るい、と、笑顔で高らかに青空に向かって叫びたいけれども、残念ながらそうもできない。この国は、政治家を筆頭に馬鹿が多すぎる。馬鹿が多すぎて数少ない善き人々は犠牲を、その尻拭いばかりさせられている。善き人々がそれでも頑張って生きてそれで世の中が廻っているのに政治家はそれが自分たちの手腕だと言い張る。僕にはそれを変える力も気概もない。
◆〈智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。〉心の師と仰ぐ夏目漱石の『草枕』の冒頭だ。自分を芸術の士だとか小説家という職業が尊いなどとは決して思ってはいないが、このい世の中が生きにくいものでしかないのなら、せめて物語で楽しく心安らかな時間を持ってほしい。生きる力を得てほしい。そう思いながら、物語を書き上げている。だから、ハッピーエンドしか書かないと決めている。幸せな結末を目指す物語しか、たぶん僕には書けない。
◆今も僕は必死であの下町に住む家族の物語を書いています(^_^;)。これを書き上げるまでは年末も正月もありませんが、書けることが幸せです。嬉しくてしょうがありません。
◆良いお年を! この言葉が大好きです。どんなに辛く厳しい一年であったとしても、生きて新年を迎えられる喜び。迎える来年への希望。それを皆で分かち合い確かめあう言葉だと思います。
◆今年一年本当にありがとうございました。皆様、良いお年を!

新刊『テレビ探偵』が出ます2018年12月16日

◆曇っていたけど気温もプラスになって穏やかな一日。
◆で、知っている人は知っているWordPressが新しくなってこのサイトはそれで書いているんだけど、まだ使い方がよくわかんない(^_^;)。これでいいのかなぁ。ちゃんと読めるかしら。
◆12月25日頃に刊行予定の、単行本新刊『テレビ探偵』(角川書店)の見本が届きました。時代は昭和四十年代。テレビがまさに黄金期を迎えようとしている頃です。〈ザ・トレインズ〉という売れないバンドがテレビ番組で音楽ではなくコントで一躍人気者になっていきます。そのトレインズの番組を観て、自分もこのグループの一員となってコントをやりたい。コメディアンになりたいと一人の若者が夢を見て、弟子入りしてきます。チャコという芸名を貰って晴れてバンドのボーヤとなり、トレインズの見習いとして一世を風靡していく番組にも出るようになりますが、そこに様々な芸能界ならではのトラブルが舞い込んできて、チャコは探偵よろしくトレインズのために解決のために走り回る……という物語です。
◆帯の惹句や装幀でもうわかってしまいますが、モデルにしたのは土曜8時に子供たちをテレビの前に釘付けにした、誰もが知っている〈あのグループ〉と〈あの番組〉です。
◆実は『うたうひと』(祥伝社)というミュージシャンを主人公にした物語で、僕はやはり〈あのグループ〉をモデルにした短編〈明日を笑え〉を書きました。そのときは長身のベースマンでありリーダーでもある彼を主人公にしました。ミュージシャンでありながらコメディアンとして売れてしまった彼らの思いみたいなものをテーマに書き上げたのですが、いつか彼らでもっともっと長い物語を書きたいと思っていたのです。今回カドカワさんからその機会を得て、〈ミュージシャンでもありコメディアンでもある〉彼らの活躍を書くことができました。
◆とはいえ、全然書き足りません(^_^;)。今作では見習いのチャコを主人公にしましたが、あの人だってあの人だってあの人だって主人公にしたかったんです。なんだったらメンバー全員の物語を書きたかったのですがそうもいきません。この本がたくさんの読者の手元に届いて〈ザ・トレインズ〉のように人気者になってくれれば、また次の彼らの活躍をお届けできるかもしれません。
◆何度かコラムなどで書いていますが、僕は〈テレビっ子〉と呼ばれた最初の世代です。ドラマも音楽も映画も演劇も落語もミュージカルもスポーツも、エンターテインメントの何もかもを最初に〈テレビ〉から受け取って育ってきました。僕の想像力を育ててくれたのは、間違いなくテレビの向こうのエンターテイナーたちと、彼らと一緒にテレビを創ってきた業界の人たちだったのです。最大限の感謝を込めて書き上げました。
◆小難しいことは何一つありません。あの時代の熱い空気を感じながら、楽しんでいただければ嬉しいです。

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