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Diary

正義は勝つ、のか2017年08月06日

◆晴れ。暑かったね。でも夜は涼しい北海道。
◆僕は生粋のAppleのノートブック(時代によって名前は変わるが今はMacBook)使いだ。かれこれ30年ぐらいずっと。でも、実はノートブックのトラックパッドは使わないでマウスを使っている。元は広告制作会社だったのでその頃はグラフィックデザインをやることも多くて、そうなるとマウスじゃないと仕事にならなかったから。で、今使っているマウスが挙動不審なので買い替えようとしてるんだけど、マウスのことを考える度に「このマウスというネーミングは絶妙だよなぁ」と感心するという話。
◆閑話休題。写真は名作映画『アンタッチャブル』の30周年記念Blu-ray。いやもうこれ30年も経ったのかぁ、と。アメリカの禁酒法時代、ギャングのアル・カポネに敢然と立ち向かったエリオット・ネス率いる〈アンタッチャブル〉。史実を踏まえてハリウッド流にエンターテインメント映画にするとかくも血湧き肉躍るサスペンス・ギャング・アクション映画の名作になるという見本のような作品。監督は名匠ブライアン・デ・パルマだ。ネタバレになるから言わないけど、ラストシーンが本当に僕は大好きだ。
◆実は警官ではないエリオット・ネス。財務省の酒類取締官というお役人。酒の密造販売でギャングと癒着する警察組織に少数精鋭で敢然と立ち向かうまさしく〈正義の味方〉であり、史実においても(実はネスの集めた証拠はほとんど裁判では使われなかったという話もあるらしいが)ネスたちの活躍を踏まえてギャングの、悪党の大立者だったアル・カポネが逮捕されたのは事実。つまり、正義は勝ったのだ。現実においてはネスのその後の人生は中々に浮き沈みが激しく、そもそも映画のような活躍はあくまでもネスの自伝によるもので作り話が多かったらしいが、それでも禁酒法を破っていた悪党であるアル・カポネの逮捕は事実。
◆でも、そもそもの〈禁酒法〉自体がとんでもないザル法であり悪法であり、それがギャングたちの隆盛を支えてしまった部分がほとんどだった(と、聞く)。
◆悪法でザル法であろうと法は法。執行者であるネスはそれに従い取締をしなきゃならない。実際のネスは本当に心底、正義漢だったらしい。
◆正義とは何か。法とは何か。歴史はその答えを教えてくれているのに、人類はちっとも自らの歴史に学ばない。いや、学ぼうとしない馬鹿が多すぎるのか。

お盆のある国2017年08月03日

◆晴れ。暑いけどカラッとして風のある過ごしやすい日。
◆夏の蚊取り線香は金鳥である。それも渦巻きを蚊遣り豚で焚いていただきたい。などと毎年の夏にここで書いているけれども、そんなことをし出したのも結婚して子供が出来てしばらくしてからだ。若い頃にそんなことは考えなかった。蚊取り線香だって必要なら電子蚊取りを使っただろうし、蚊取り線香を焚こうなんて考えもしなかった。お盆もそうだ。墓参りをしようなんて殊勝な事を考え出したのも、結婚して妻に言われてからだ。
◆そもそも北海道は移民の国だ。日本全国あちこちから屯田兵やら犯罪者やら駆け落ち者が集まってその連中で出来上がっていった土地なので、〈昔からの固有の風習〉などない。断言してもいいが、ない。そもそも〈昔〉がないのだから。たかだか140年ぐらいの歴史しかないのだ。だから、お盆の風習とかもその人の家庭の遠い故郷(出身県)や宗派の風習などが入り交じることになって、統一などされていない。小説や映画やマンガなどで目にする精霊馬(キュウリやナスビですね)の風習も我が家にはない。精霊流しや灯籠流しや爆竹もないし花火もない。少なくとも僕が生まれ育った旭川ではお盆は静かに墓参りをして線香立ててお供えして拝んで終わり。実にシンプルだ(もちろん、北海道の他の地方でそして各家庭でいろいろ違いはあるだろうけど)。シンプルになっていったのも、結婚してあちこちの風習が入り交じったら面倒だからと簡便なものになっていった節もある。実際、よく知られていることだけど、結婚式の披露宴は会費制だしね。今は全員一律1万円ぐらいだろうか。それで料理も出るし引き出物も出る。お葬式のお香典にも領収書が出る土地柄だ。言葉だって、北海道弁というものも厳密にはない。これもやっぱり開拓期に方言が入り交じると面倒だからと共通語をベースにしていったという説もある。
◆だからなのか、特にお盆の時期には日本の北海道以外の各地に伝わるそれぞれの地の古い風習が羨ましくなることもある。風情があっていいなぁ、と。

自分が暮らした町の物語を、そこに暮らす人たちを書いてみたいと思っている2017年07月31日

◆小雨。ジメジメした日。フローリングがぺたぺたするよ。
◆30歳の誕生日に「小説家になろう」と決めて妻にも宣言して(何故かと言うと子供が寝たら一人部屋に篭ることが多くなるだろうから)初めて小説を書き出した。それまでにも創作めいたもの書くことはあったけれども作家になろうなんて思ったことは一度もなかった。でも、小説家が主人公のマンガ西岸良平さんの『鎌倉ものがたり』は好きでずっと読んでいた。
◆古都鎌倉が魔物と幽霊と人間が共存するような街という設定で、ファンタジーというよりは本当にいい意味でぬるいおとぎ話のようで、何でもありのミステリなので、気に入って全巻揃えて何度も読み返している。売れない推理作家の一色さんと可愛い奥さんの亜紀子さんのほのぼのとした暮らしは読んでて楽しいし、主人公が最後のヒトコマで通行人でしか登場しないようなストーリー展開も、ひたすらのんびりしていて良い。もちろん今も連載中で、続刊はどんどん出ている(今は34巻)。
◆その『鎌倉ものがたり』が実写映画になる。主役の二人は本当にイメージピッタリだし、ストーリー展開はきっと映画らしくエンタメ感たっぷりになるだろうけど、魔物が普通に暮らしているもうひとつの〈鎌倉〉が描かれるのは楽しみだ。
◆若い頃に思いっ切り影響を受けたテレビドラマ『俺たちの旅』は吉祥寺と東京が主な舞台だったけど、それに続く『俺たちの朝』は鎌倉の極楽寺駅近辺が舞台だった。なので、小さい頃に一度だけ行ってとても印象に残っていたのもあって、鎌倉は憧れの町でもあった。大人になってから何度か訪ねて、僕の小説の舞台にも多く出てくる。
◆東京、横浜、鎌倉、吉祥寺、尾道、ニューヨーク、ロスアンジェルス、サンフランシスコ、ロンドン、パリ、アイルランドにスコットランド、アフリカ。映画や小説やドラマやマンガで訪れていた遠い町は全部憧れの町だった。世界中を旅したい、なんて思ったこともあったけれどこの年になるともう無理だし、実際に行くよりそこに思いを馳せてその町の物語を楽しんだり書いたりする方が性に合っているようだ。
◆今までも書いてはいるんだけど、そのうちに自分が暮らした町の物語を、そこに暮らす人たちを書いてみたいと思っている。

ドラゴンクエストが出てしまった2017年07月29日

◆暑い日。夜になっても窓を少し開けていないと暑い。
◆ついに〈ドラゴンクエスト11〉が発売されてしまった。困った。締切りを山ほど抱えているのだ。抱えているのにもちろん買ってしまっている。ただし北海道なので我が家に到着するのは明日だ。明日来てしまうのだ。もちろん私は大人だ。わりと変な人も多い小説家という職業ではあるがその中でも良識も分別も社会性もある方だと自負している。北の紳士作家と呼んでもらってもかまわない(なんだそれ)。なので、いきなり朝からのめりこんで原稿を書かないということはない。たぶんないと思う。ないんじゃないかな。
◆僕らの年代がゲームに出会ったのはもう高校生になっていて、いわゆるゲーセンのスペースインベーダーが最初の頃だ。ファミコンを買ったときにはもう大人になっていたけど思いっ切りハマってしまった。初めてドラゴンクエストをやった頃にはもう長男が生まれていて、妻と二人で子供の面倒を見ながら寝不足になっていた。長男がはいはいをし始めたときには何度リセットボタンを押されて妻と二人で肩を落としふっかつのじゅもんをメモした紙に涙を落としたかわからない。今でも、テレビCMでドラクエのテーマが流れると妻も私も思わず顔を上げ血が沸き立つものだ。それぐらい、人生の中でも大きなウエイトを占めているのがドラゴンクエストというゲームだ。
◆一時期、ゲーム業界にも身を置いた。何本か参加したゲームが世に出ている。何事もなければあと二十年以上は生きていけるとは思う。その間にゲームがどんなふうに進化していくのかは常に注目している。ただ、どんな時代になっても人が娯楽を求める根底には物語があると思う。物語は人類最古の娯楽だ。今までもそうだったし、これからもそうだろう。
◆とりあえず、明日はやらないよ。原稿書かなきゃ。やらないったら。

夏休み、中高生のための創作教室2017年07月27日

◆晴れ。暑いけど夜になればぐっと涼しい北海道の夏。
◆窓を開けていても寝苦しい夜なんかシーズンに一度か二度。まぁそんなになくてもいいんだけどね。でも少しはあった方が金鳥の蚊取り線香も活躍できる。いや実は毎年の夏に金鳥の蚊取り線香を蚊遣り豚で焚いているけど、蚊ってあんまり見かけないんだよね我が家。まぁ最初から網戸から中に入ってこられないっていうのもあるかもしれないけど、家の中で蚊を見たことなどほとんど記憶にない。
◆〈北海道立文学館〉というところ、毎年夏休みに〈中高生のための創作教室 文学道場〉というのを3日間やっている。そこで講師を勤めているのだ。もう5年とか6年とかそれぐらいやっているのでそろそろ他の方に替わってもらってもいいんじゃないかと思うのだが(^_^;)。まぁ夏休みの子供たちに会えて話ができるのは良い刺激になって楽しいといえば楽しいのだが。
◆正直なところ、とんでもない才能に出会ったりはしていない。でも、皆が締切りまでに自分の物語を仕上げている。それだけでも大したものだと思う。僕が中高生の頃なんかそんなこと思いもしなかった。〈小説家になれるかどうか〉の最低限の基準は〈最初から最後まで物語を書けるかどうか〉だと思う。本当になれるかどうかは才能と運次第だけど、少なくとも物語を最後まで書ける子にはその資質はある。実際のところ、文章を書くのが得意な人でも物語を一本仕上げるのはかなり難しいことなのだ。
◆中学生なら、文章の基本を守って楽しく書ければそれでいい。高校生にはもう少し厳しく言っている。独りよがりではいけない。言葉を正しく使おう。きちんと調べよう。何よりも、読者がいることを忘れないようにしよう。楽しんでもらえる物語に仕上げよう。何度も繰り返し言うのは、登場人物には歴史がある、ということだ。18歳の高校生が主人公なら18年間の人生があり、その向こうには家族がいる。性格は環境が作る。たとえば優しい男の子なら、どうしてその男の子は優しい男の子に育ったのかをきちんと考えなきゃならない。だから、必ず家系図を書かせている。物語に登場しなくても、その男の子のお父さんお母さんがどういう人物かも考えさせている。
◆物語って、そういうことだ。
◆小説家になんかならなくてもいいから(^_^;)、物語をずっと好きでいてほしい。

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