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Diary

悪いことをしたら神様のバチがあたるはずなんだけど2018年07月27日

◆晴れ。暑い日。
◆暑いと言っても30度ぐらいで猛暑の多地方の方々には申し訳ないのだが、北海道にとっては本当に暑いのよ。一般家庭にはエアコンほとんどないしね。でも夜になると一気に涼しくなるのでいいんだけど。
◆いつもここで書いているけれど、ニュースは見たくない。見てしまうと血圧が上がって「てめぇら人間じゃねぇ! 叩っ切ってやる!」という言葉しか出てこないからだ。そうするともうどうやって全員ぶちのめすかという妄想に入ってしまって執筆ができない。だから、極力ニュースのことは考えないようにしている。
◆神様が僕に何かひとつ能力を与えてやると言ってくれたら、「不死身の身体をください」と言う。不死身になって、武器を構えて政治家どもやどうしようもない連中をきれいに消して回るのだ。ドブ掃除だ。不死身なのだから死なない。この日本という国が続く限り、ドブ掃除を続ける。
◆と、言うのは小説のネタですからねええもう本当に。何せ小説家なのでそんなことを日がな一日考えているわけですよもう。
◆悪いことをしたら神様のバチがあたるはずなんだけど、いつ神様はあの連中にバチを与えるんだろう。そろそろやってくれないもんかとここのところずっと思っているんだが。死んでから地獄に落とすんじゃちょっと遅いような気がするんだけど。
◆ご近所の方がクロネコちゃんを連れてきてくれた。カワイイ! きょろきょろしていたけれどすごく人懐こいネコちゃんですぐに家の中を探検してあっという間に懐いてくれて抱っこもさせてくれたし遊んでくれた。いやー久しぶりにネコ成分をたっぷり補充できて満足満足。
◆きっと来年辺りには猫と一緒に暮らし始めると思う。何せもう57歳なんでそろそろ一緒に暮らさないと年齢的に心配な部分も出てくる。

誰か国際救助隊サンダーバードを作ってくれ2018年07月15日

◆雨から晴れになる。
◆昨日は暑かったのに今日はもう寒いぐらい涼しい北海道。本州の方が酷暑だというのに申し訳ないぐらいに本当に涼しい。
◆西日本を襲った大雨による水害の被害はまだ広がっている。そして被害に遭われた方々はこれから被災者としての日々が続く。とんでもない暑さが続くというのも、神様はどれだけ苛めれば気が済むのかとその理不尽さに怒りも込み上げる。何もできない北海道という遠隔地にいる僕はせめてもの募金をして、頑張ってくださいと祈るしかない。
◆災害がある度に言っているのだが、自衛隊を〈国際救助隊サンダーバード〉にしてくれ。世界でも類を見ないほど災害に見舞われその度に被災民を救助してくれる自衛隊には、災害に対する様々なノウハウが溜まっているはずだ。それに加え日本のお家芸(だったという)科学技術の粋を集めて〈災害から人命を救うことに特化した数々のマシン〉を造り上げることは充分に可能だろう。そして日本国内だけではなく世界中で起こる災害にいち早く出動して人々の命を救うこともできるだろう。もちろん、自衛隊の皆さんには〈国を守る〉から〈世界中の人々を救う〉へと自らの使命を切り替えてもらう必要はあるのだが、武器を持つより、救助マシンを操る方がいいと思わないか。そしてそれらを〈使わない日々〉が続くことを喜んだ方がいいと思わないか。
◆何よりも日本は〈平和国家〉ではなく〈世界平和を担う国〉になれるだろう。自分たちの国さえ平和ならそれでいい、じゃない。世界中の人たちを災害から守り救い、ひいてはそれを世界平和へと繋げていく国になるのは、その国の国民であることは、そのために自分たちの税金を使ってもらうことを喜ぶのは、とてもいいと思わないか。
◆正直に言う。今の日本の政治では、いずれこの国は滅びていく。けれども、僕にはそれを正すことも、糾すことも、質すことも、できない。そんな力はない。せめて慰めになる物語を書くことしかできない。
◆誰か、国際救助隊サンダーバードを作ってくれ。それが日本の、世界平和の礎になるはずだ。

これがバズるというものか2018年07月13日

◆さほど気温は上がらないのに蒸した一日。
◆相変わらず調子が上がらない中、締切りは玉突きを起こしていてもうどうしていいかわからないけど頑張って書いている毎日。身体の調子は、うーん何だかなぁ、という感じ。どこかが痛いとか苦しいとかはないけれどもやっぱりどっか不調と言えば不調。
◆そんな中で、Twitterでバズってしまった。そもそもTwitterはもう暮らしの一部になっていて情報収集のツールでもあり、執筆の気の乗らないときの慰みであり、同時に小説家としての営業ツールでもある。そんな感じで続けているんだけど強いてウケようとかそんなのは微塵も思っていない。なので、そのツイートもいつもの感じで何の気なしに書いたものだ。
〈以前、パーティが終わり帝国ホテルからタクシーに乗った。しばらく走ると運転手さんが「作家の方ですか?」と訊いてきた。「はい」と答えると読書好きだと話し出した。「物語ってどういう時に思いつくんですかね」と訊くので「たとえば、今ですよ」と言うと運転手さんは「それは嬉しいな」と微笑んだ。〉
◆これがバズってしまった。今現在でRTは34,243で、いいねは135,572というものすごい数。びっくりしたよ。何事が起こったのかと。そしてフォロワー数も一気に2,000人ぐらい増えた。皆さん、短編小説を読んだようだ、とかこれがプロか! とか、才能を見せつけられた! とかものすごく褒めてくれていたんだけど、いや全然そんなことなくて、そもそも単なる事実をそのまま書いただけですからね。
◆何年前かなぁ。たぶん三年か四年か、とにかくそれぐらい前。帝国ホテルだから集英四賞のパーティかそれとも直木賞だったか。覚えてないけど、たまたま近くにいた何人かの編集者に見送られたし運転手さんもパーティがあるとわかっていたみたいだった。それで「作家の方ですか?」と話しかけてきたんだ。北方先生の小説が好きだって言ってた(^_^;)。東京駅の定宿で下ろしてもらったんだけど、僕の名前は知らなかったけど〈東京バンドワゴン〉のタイトルは書店でよく見かけるとかで知っていた。今度読んでみますって言ってくれた。あのときの運転手さん、僕の本を読んでくれたかなぁ。

『ロング・ロング・ホリディ』文庫です2018年07月03日

◆北海道は大雨で各地で河川の氾濫の気配。
◆我が家近辺も過去に河川の氾濫で水害に遭った経緯があるので、ここ何日かは自治体からの予報に注意しなきゃならない。既に故郷である旭川では氾濫危険水位まで上がった川もあるとか。
◆日本代表のワールドカップが今日、終わってしまった。これについてはまた日を改めてゆっくり書こうと思っているけれども、Twitterに書いた言葉が全てかもしれない。
〈素晴らしいゴールがあった。素晴らしいディフェンスがあった。ここで戦えるチームがそこにあった。なかったものは勝利だけ〉
◆そんなときに『ロング・ロング・ホリディ』(PHP)が文庫化され、その見本が届きました。〈PHP文芸文庫〉です。今月の11日ぐらいに発売の予定です。単行本のときは写真だったのですが、また違う雰囲気の装幀になりましたね。
◆この『ロング・ロング・ホリディ』という物語は、単行本のときにも書きましたが1981年の札幌で〈D〉という喫茶店でバイトをする大学生及び若者たちの青春群像劇です。そしてその設定はほぼノンフィクション。僕の自伝と言ってもいいぐらい、事実に即しています。もちろん、物語の内容は全部フィクションです。いろいろと男女の問題やら出てきますけど、全部フィクションですからね(まぁその辺はいろいろとヽ( ´ー`)ノ)。
◆およそ35年ほど前の話です。その頃二十歳ぐらいの若者だった僕たちと、今の同じ年代の若者に違いがあるかというと、そんなにはないように思います。意識や社会情勢の違いから少しずつイメージのズレはあるけれど、根本的なところは変わらないんじゃないかと。まだ怖さも知らず、恐れも知らず、ただ若者であることだけを頼りに生きていた日々。誰の人生にもあったんじゃないかという日々を描いた青春の物語です。楽しんでいただければ嬉しいです。
◆喫茶〈D〉のモデルとなった店で一緒に働いていたバイト仲間とは、今も付き合いがあります。もちろんまったくなくなってしまって35年以上も会ってない奴も大勢います。それでも、もしも、街でばったり会ったなら一瞬であの頃に戻ってしまうでしょう。そういう思いを共有できる時代を過ごしてこられたのは、本当に良かったと今も思います。

性格のようなもの2018年06月17日

◆晴れ間も見えたが夜になって小雨。
◆相変わらず北海道は寒い。少しは気温が上がったけどまだ暖房を続けたいぐらいの気温だ。そろそろ平年並みに戻ってくれないと農作物への影響もあるんじゃないか。頼むよ。
◆家の屋根の天辺にも届くぐらいに大きくなっていた庭の桜の木だけど、昨年の秋に剪定してもらった。住宅街の庭にあるには少しばかり大きく育ち過ぎていたのだ。秋の落ち葉も近所迷惑だったろうし(迷惑だと言ってきた人はいません)。なのですっかり小さくなった桜の木なんだけど、どうも葉っぱが二倍ぐらい大きくなっている気がする。枝を減らした分だけ葉っぱに栄養が行き渡るようになったんだろうか。きっとそういうことなんだろう。植えて二十年ぐらい経ってから剪定したので、次は十年後ぐらいだろうか。
◆写真はエレファントカシマシの新譜『WAKE UP』。
◆人はだいたい高校生ぐらいまでに見聞きしたもので感覚的なものは決まってしまうんじゃないか、とはよく聞く話で実際その通りだと思う。自分のことを考えてみても、強い影響を受けたものはおおよそ高校生ぐらいまでに見聞きしたものだ。もちろんそれ以降のものに影響を受けたことはあるけれども、それは喩えればケーキのデコレーション部分だ。内側のスポンジ部分にあるのはやっぱり高校生ぐらいまでに見聞きしてきたマンガや映画や小説や音楽で僕の大部分は作られている。じゃあさらにその根っこの部分は何だろうと掘り下げてみると、思ったのは淋しがり屋の自分がそこにいるということだ。五十半ばを過ぎたジジイにそんなことを言われてもめっちゃ気持ち悪いだろうが、それは疑いようのない事実。幼い頃の僕は淋しがり屋だった。誰かが同じ空間にいてくれないとものすごく困っていた。だから留守番のときには必死で〈誰もいない〉ということを忘れようとして小説やマンガやテレビやラジオに夢中になっていた。読書好きになったのはたぶんそのせいもある。
◆たぶん、今もそういうものは抜けていない。長時間一人で部屋で過ごすのは苦手な方だ(むろん、自分の家は別だが)。東京のホテルで一人泊まるとき、執筆しているとき以外はテレビを点けっ放しにしている。寝るときもボリュームを落として点けっ放しだ。それは誰かの話し声が欲しいからだ。
◆そういう性格のようなものはきっと作品にも滲み出るものじゃないかと思う。

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