SHOJI YUKIYA OFFICIAL SITE sakka-run:booklover’s longdiary since 1996.12.18

Diary

日本の〈物語〉は2017年10月16日

◆晴れ。冬支度を始めなさい、という冷たい風が吹いている。
◆アメリカの動画配信サービス、つまりHuluやNETFLIXだけど、とてつもなくドラマがおもしろいものが多い。ドラマというのは、連続ドラマもあるし映画のように単品もある。とにかく予算をふんだんに使っているのがよくわかる。連続ドラマの一本に映画なみの予算を掛けているだろうという作りだ。もちろん肝心のストーリーもよくできている(ま、首を傾げるのもあるが)。本当にエンターテインメントの国なんだなぁと感心する。
◆日本は戦後、英米の映画やテレビドラマを文字通りお手本にしてきた。テレビ業界などは本当にアメリカのものをそのまんま使って成長してきて、その中で日本独自の感性を育てて、オリジナルコンテンツというものを生み出してきた。一時期は内容的にも質的にも(文化の土壌が違うのだから比較に意味はないけど)肩を並べた時期があったと思う。
◆今はどうだろう。日本のテレビは、全然ダメなんじゃないか。動画配信サービスも後れを取っている感がある。ドラマもWOWWOWなどでかなり頑張っているのもあるけれど、せっかくの質の良いドラマも広がっていない。そしてその質の良いドラマも自家中毒を起こしているんじゃないかと思わせるものも多い。つまり、外に向かっていないのだ。
◆マンガは日本オリジナルの文化と言っていいと思う。世界に誇る日本のカルチャーだ。一時期のテレビゲームにもそういうものがあった。それを世界へ羽ばたかせていくのも、少し失敗しているんじゃないかと思える節もある。映画だって、世界のクロサワは、本当に世界のクロサワだったのだ。ジブリを筆頭としたアニメだってそうだ。世界は確かに日本のアニメを求めた。今もそうだ。
◆映画もテレビドラマもマンガもアニメも〈物語〉だ。日本の〈物語〉は世界を席巻することができるんだ。それなのになぁ、と、嘆息してしまうことが多い。
◆日本は、愚かな戦争をして負けて、唯一の被爆国として戦後奇跡の復興を遂げた。そしていい気になってバブルが弾けた。その中でも、様々な問題を抱えつつも、世界一安心・安全な国として存在し続けてきた。国民性としてのマナーの良さも世界から賞賛されることも多い。じゃあ、これから、日本はどういう国にならなきゃならないのか。世界平和を実現させる国にならなきゃダメだと思う。世界から戦争をなくし、日本の安心と安全を世界中に広めることこそ、日本という国の存在意義にしなきゃダメなんじゃないか。
◆日本の〈物語〉でそれを実現できるんじゃないか。政治家が国を作るんじゃない。国を作るのは文化だ。文化を作るのは、そこで暮らす人々だ。
◆日本の物語の底力を見たい。
◆と、まぁ大風呂敷を広げたけどここまでだヽ( ´ー`)ノ

この十本の指を休ませないために2017年10月12日

◆雨が降ったり止んだり。今は雨が降っている。
◆気温がどんどん下がってきて、暖房を点けざるをえない日々になってきた。まぁ厚着をしたら何とかなる気温ではあるけど、基本雪国の人は家の中で厚着はしない。暖房点けます。そのためにあるんだから。その昔は会社員なら冬になると暖房手当ってのが出たんだけど、今でもあるんだろうか。
◆偶然なんだけど、二件立て続けにギターにまつわるコメントの依頼があった。一件は映画で、一件は本の帯だ。近々両方とも表に出るだろうから、そのときにはお知らせします。
◆ミュージシャンでもない僕がギターについてのコメントを書いて、同じ場所に一流のミュージシャンたちのコメントが並んでいて恐縮してしまう。そして、ちょっとだけ嬉しい。ミュージシャンになりたくて、でもなれなかった男としては。
◆二十代半ばでミュージシャンへの道を諦めて以来、ギターは弾いていない。ごくごくたまにギターケースを明けてネックを握ることはあっても、練習したり作詞作曲をしたりましてやライブなんかやっていない。少なくとも十年間、作詞作曲をして、ライブも何十回もやったのに、あれ以来弾いていない。完全に諦めた。
◆今でもライブやっていたりする同じ年代のアマチュアミュージシャンは大勢いるだろう。たまにそういう映像を観たり話を聞いたりすると、楽しそうだなぁとは思う。その頃の僕を知る旧友には「いつでも音楽を始めればいいじゃないか」とも言われる。でも、やっていない。
◆なんだろうなぁ。いくら練習してもクラプトンには届かないし、歌を作っても山下達郎や大瀧詠一には叶わない。つまり、憧れの場所には辿り着けない。そう自分の中でわかってしまった。わかってしまった途端に、ギターを弾くことが、歌を作ることが、そんなことを考えている自分が悲しくなってしまった。純粋にただ楽しめばいいのに、それができないと感じてしまった自分が悔しかった。
◆もちろん今でもギターは、エレキでもアコースティックでも大好きだ。あの弦の音を聴くと、身体の奥から湧き上がってくるものがある。純粋に楽しめればいいのなぁといつも思う。そう思うことも悲しくなるから、ずっとパソコンのキーボードを叩いて一日中物語を書いているのかもしれない。この十本の指を休ませないために。六本の弦に向かわせないように。

まだ人生の戦力外になったわけじゃない2017年10月07日

◆雨が降ったり止んだりの一日。
◆親戚の法事があって札幌の某ホテルへ車で出かける。妙に車が多いなーと思っていたら今日から三連休だったのかと気づく。曜日に関係のない暮らしをしているので本当にそういうことを忘れてしまう。
◆良き喫煙者はあまり知らない建物に入るとお前はジェイソン・ボーンかってぐらいにすかさず周囲に目を配りさりげなく〈喫煙所〉の場所を発見しておく。そしてその場所と目的地の距離を頭に入れて、約束の時刻に間に合うように頭の中で計算して、一服してから現場に向かうのだ。つまり、ホテルでもそういうことをするのだ。
◆プロ野球も間もなくシーズンを終える。この時期になるとニュースになるのが〈戦力外選手〉。毎年のことなんだけど、他人事ではなく、本当にプロの世界は厳しいんだよなぁと思う。まだ二十代や三十代の働き盛りの選手がクビになるのだ。野球選手ではなくなってしまうのだ。来年から収入がなくなってしまう。あぁもう考えるだけで胸が痛くなる。自分の居場所が失われるというのは、本当に、心底辛いのだ。
◆僕も会社員を辞めてフリーになってかれこれ二十年近く経つ。フリーは、仕事の以来が来なくなったらそれで終り、だ。小説家として暮らしているけれど、原稿依頼が来なくなったら、もうそこで終わり。つまりもうお前は戦力外と言われたと同じこと。もちろん小説家としての実績が消えるわけじゃないけど、哀しいかな実績でメシは食えない。
◆デビュー前と、デビューしてもまったく売れなかった頃。家族の将来にまったく希望が見えなくて、死んで保険金を家族に残した方がマシだなと思う夜は何日もあった。ものすごくあった。何よりも、自分が〈どこにもいない〉のが本当にきつかった。それでも死なずにこれたのは、物語を書くことができたからだ。金にならなくても、小説家になれなくても、小説家という立場が消えそうになっても、書き続けることだけでしか前に進めなくて、そして物語を書けるこの頭と指があったから。
◆プロは、努力したら必ず夢が叶う場所じゃない。努力しても届かないものがあると思い知らされる場所だ。思い知らされても、まだ手も足も動くし頭も働くはずだ。頑張ってくれ。まだ人生の戦力外になったわけじゃない。

『猫ヲ捜ス夢 蘆野原偲郷』が出ます2017年10月04日

◆一日中冷たい雨が降ったり止んだりの日。
◆北海道日本ハムは本拠地札幌ドームでの最終戦。大谷くんが四番ピッチャーで登場。最後の花道というか、大谷くん自身もこれをやらなきゃメジャーに行けないと思っていたんだろう。そして期待通りの完封劇。打者としても勝利に繋がる目の覚めるようなヒットをしっかりと打つ。本当に、こんな選手はしばらく現れない。たぶん間違いなく来季はメジャーだろう。そこでまた僕たちに新しい夢を見させてほしい。
◆そんな日に届いたのが6日に発売予定の単行本新刊『猫ヲ捜ス夢 蘆野原偲郷』(徳間書店)の見本です。
◆これは『猫と妻と暮らす 蘆野原偲郷』(徳間文庫)の完全なる続編です。なので、できましたら『猫と妻と暮らす 蘆野原偲郷』から読んでいただくと、この世界観がすんなり理解できると思います。
◆前作は時代をはっきりとは特定していませんでしたが、戦争前の時代です。そして今作はその時代から進み、大きな戦争が終わった直後の時代になります。ですからおおむね昭和二十一年か二年頃の日本を想像していただいてください。前作で夫婦で主人公だった二人は、もういません。その代わりに、前作の最後に登場していた彼らの息子が大きくなった姿で主人公を務めます。そして同じく、前作で猫になってしまう少女がいましたが、その子が戦争で行方不明になっています。タイトルである『猫を捜す』というのは、主人公和野正也の血の繋がらない姉だった多美のことです。多美を捜し、そして綴じてしまった彼らの故郷である〈蘆野原〉をも捜すことが、今回の大きなストーリーになります。
◆前作はぶっちゃけ売れてないんですけど(^_^;)、何故か密かに人気がありました。編集さんたちからも評価が高かったのです。なので今回は完全に続編を書こうということになり、続編ならば前作と同じ時代ではなく、次の世代を書いてみようとなりました。まったく何もかもが変わってしまった時代、そして新しく生まれ変わろうとしている日本という国の片隅で、残された〈蘆野原〉の郷の者たちの活躍と、可愛い猫たちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

もしもこの先どちらかを選ぶことになったら街に住むだろう2017年10月01日

◆晴れ。少し気温が上がって暖房も切った。
◆北海道旭川市というのが生まれた街。実はずっと昔から札幌に次ぐ北海道第二の都市だったのだけどいまひとつマイナーで、でも今はあの〈旭山動物園〉で全国の皆さんにも名前を知られたのではないかと思う。旭山市ではなく、旭川市ですからね。ややこしいけどね。旭川の旭山動物園だからね。
◆その旭山動物園は僕らが中学生の頃は絶好のデートスポットだった。市街地からは離れているので、駅近くからバスに乗ってしばらく揺られて、動物園もあるい遊園地もある。二人きりがまずい場合はクラスメイト数人でやってきて夕方まで過ごしたり。小学生の頃から遠足や写生大会で何度も足を運んでいたから、勝手知ったる自分の庭だった。
◆旭川市には今も実家があるし、姉も住んでいる。友人知人や同級生も多くいるけど、18年間しか住んでいなかったので、〈今までの人生で最も短い間暮らした街〉になってしまった。何せ高校生までだったから移動範囲も狭く、実家と学校のあった周辺と駅前の中心街・繁華街ぐらいしか知らなくて、そこさえももう40年近く前だからまるっと様変わりしてしまっていて、Googlemapで見ても全然知らない場所になってしまっている。札幌なら引っ越しもかなりしたし、何よりも花屋の配達のバイトで市内全域を車で走り回ったので、どこでも案内できるのだけど。
◆作家になって東京へ行く機会が増え、東京駅近辺のホテルを定宿にした。そこへ通い出して十年以上になる。多い年には二ヶ月に一回、そしてほぼ一週間を過ごしていたから、もう実家よりもそのホテルに寝泊まりした日数が多くなってしまった。東京駅近辺のことなら、東京に住んでいる編集さんより詳しいぐらいだ。
◆街の空気が好きだ。今は田圃の真ん中の新興住宅街に住んでいるけれど、これからの人生をどこで過ごそうかと考えると、やはり街の中が頭に浮んでくる。スズメのさえずりで目を覚ますのもいいけれど、街の喧騒を目覚めの音楽にするのも心地よく感じる。特にそういう予定はないけれど、もしもこの先どちらかを選ぶことになったら、街に住むだろう。

ページトップへ