SHOJI YUKIYA OFFICIAL SITE sakka-run:booklover’s longdiary since 1996.12.18

Diary

空を見上げる古い歌を口ずさんでから15年の日々2018年04月22日

◆晴れ上がった気持ちの良い一日。
◆もうそろそろ暖房がいらなくなる(まだ夜は少し冷えるので点ける)。昼間は窓を全開しても寒くはない。あと一月もしたらずっと窓を開けていられるだろう。いい季節がやってくる。
◆15年前の2003年4月にデビュー作『空を見上げる古い歌を口ずさむ』(講談社)が出た。メフィスト賞を受賞した作品だ。それから丸15年経った今でも僕は専業作家として暮らしていられる。すべて、執筆依頼をしてくれる編集者さんと本を置いてくれる書店さん、購入してくれる読者の皆さんのお蔭だ。本当に感謝しかない。
◆デビュー作はまったく売れなかった。いろいろあって二作目『高く遠く空へ歌ううた』(講談社)が出たのも翌年だった。それも売れず、それでも「次はぜひうちで書いてください」と依頼してくれた編集さんのおかげで本を出すことはできたけれど、軒並みまったく売れないで二年が過ぎた。当然生活は苦しくて講師などをして凌いではいたけれども正直親子四人の暮らしは限界に来ていた。どこかの会社に正社員として就職し直さないと生活の建て直しはできないと考えていた三年目の春に『東京バンドワゴン』(集英社)が出た。ゲラの段階から評判は良かったのだけど、出版されて一週間もしないうちに重版が決まった。さらに一ヶ月もしないうちに三刷が決まり、その後も続々と重版がかかった。『本の雑誌』のベスト10に入ったりキノベスの3位に入ったりして、インタビューや何やらで忙しく東京に通う日が続いた。
◆そして同時に、それまでまったくなかった〈連載依頼〉が続々と舞い込んできた。今でも覚えているけれど、定宿にしたホテルのレストランに朝から晩まで僕は同じ席に座っていて、立て続けにやってくる編集さんと五本打ち合わせを連続でこなしたこともあった。その年に、ようやく専業作家としてやっていける年収になった。
◆小説家になりたいと思ったことは一度もなく、30歳の誕生日に「自分の作品を作りたいけれどミュージシャンにはなれない。ならば、小説家しかない。小説家になろう」と決めた。それから初めて小説を書き始めた。誰に教わることもなく、ただ〈書ける〉という自分の感覚に従って。それからずっと自分の感覚だけを信じてずっと書いている。性格なんだろうけど、試行錯誤はあまりしない。取材もほぼしたことがない。書き始めたら最後まで一気に書く。たとえば10ページ書いたけど全然ダメだ、と全部消して書き直すなんてこともほとんどしたことない。頭に描いたラストシーンまでの道筋をただひた走る。道は間違っていないという自分の感覚だけで。
◆デビュー前、新人賞の応募者だった僕のことを見てくれていた集英社のCさんが、最終選考で何度も落ちた僕に葉書をくれた。そこには『小路さんの作品は正しいです。間違っていません』とあった。その言葉を胸に書き続けた。そのCさんは『東京バンドワゴン』の最初の担当編集さんだ。Cさんがいなければ『東京バンドワゴン』は世に出なかった。重版が掛かり、その年の終りのあるパーティで顔を合わせたときに、思わず二人で抱き合ってしまった。「良かった。本当に良かった」とCさんは僕の背中を叩いてくれた。
◆今も、Cさんの言葉を胸に書き続けている。自分の書くこの物語の道筋は正しいんだと信じて。
◆いやぁ本当にね。15年も書き続けていられるなんて本当にありがたいです。前職の広告制作会社には14年在籍したので、〈小説家〉がいちばん長く続けている職業になりました。死ぬまで小説家でいると思います。
◆あ、でも喫茶店の頑固オヤジにもなりたいんですけどねヽ( ´ー`)ノ

ページトップへ