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Diary

10代の終わり20代の初め。本屋さんとレコード屋さんと喫茶店。2017年07月12日

◆今日も暑かった。明日も暑いといふ。
◆10代20代の頃は何時間でも本屋さんにいられた。まぁ何時間というのは大袈裟でさすがに4時間も5時間もいたことはないが、3時間は居続けたことはあるはず。もちろん、その間ずっと本を読んでいるか探し続けているのだ。何せ、お金はなかった。僕は早くから親に頼らずバイトで稼いだ金だけで生活を始めたので本当にお金がなかった。だから、千円札が確実に出て行くハードカバーの本を買うというのもものすごく大変なことだった。大好きな作家さんの本を買うのはもちろんだけど、そういう本がないときに本屋さんでいかに自分の好みの、あるいは面白そうな本を見つけて買うかは重要案件だったのだ。もちろん、小説だけとは限らない。ノンフィクションの類いも図鑑のようなものもとにかく面白そうなものを探して何冊も何十冊も本を手に取り開いて最初の一行を読んでいた。
◆いくら立ち読みしても本屋さんでは怒られない(むろん漫画は別だろうし限度ってものもあるが)。もちろんマナーは必要だ。本に手あかが付いたり開き癖が付いたりしてはその本は売れなくなってしまう。そっと手に取り、そっと開き、そっとページをめくる。そこの空気をできるだけ乱さぬように静かに佇んで読んで、そしてまたあったところにそっと丁寧に戻す。本屋さんでの作法は、本好きなら教えられなくても自然に身に付くものだ。この本が欲しいな、と思ってもその本がちょっと高かったりしたら、戻すときに次に来るときまでありますようにと思いながら戻す。毎日通っていたからそこの棚を通る度に確認してよしまだある、と思って安心して、そしてバイト代が出たときにいそいそと買いに行く。もしもなくなっていたら、気合いを入れて歩いて回れる本屋さんを全部回って探した。その当時の札幌の街中(つまり、中心部)の本屋さんだったらどこの棚にどんな本があるかはほとんど記憶していた。
◆当時何人かの女性とお付き合いをしたことはあるけれど、本屋さんに一緒に行ったことは一度もなかった。本屋さんは、一人で行くものだ。仮に彼女と一緒に行くにしても彼女も同じぐらいの本好きでないとならない。同じぐらい長い時間を過ごしても平気でいられる人じゃないと落ち着いて本など探せない。
◆買った本は、かならず自分の部屋に帰ってから読んだ。喫茶店は僕にとってはバイト先か、あるいは友達か彼女と楽しく話して過ごす場所か、店主の流す音楽をコーヒーの香りと一緒にじっくりと楽しむ場所だったから。
◆10代の終わり20代の初め。本屋さんとレコード屋さんと喫茶店。それのどこかに僕は必ずいた。

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