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Diary

この言葉が大好きです。良いお年を!2016年12月31日

◆曇りがちだけどまずまず穏やかな天候。
◆今年も終わる。毎年のこの時期にあの原稿を書き上げなければならないとわかっているのに、毎年のように遅れてしまう(そうです〈東亰バンドワゴン〉シリーズの新作です)。もちろん、サボっているわけではなく、自分のスケジュール管理の甘さが原因なのだが、今年もついに年を跨いで書き続けなければならない。本当に担当編集さん並びに校閲さんには申し訳ないと思っている。クリスマスも年末も正月もなくずっと書いていますので、何とか新年早々には書き上げますので。
◆子供が生まれてから(突発的な事故を除いて)初めての自分の家で過ごす正月になる。もう、僕の実家には誰もいない。老いた母は今、施設にいる。妻の実家も、義母がひとりになってしまった。もちろん正月のうちにどちらにも挨拶には行くけれども。
◆人生はただ過ぎて行く。息子たちも今は二人とも家にいない。この年末に帰ってきて、ほんの数日間過ごすだけだ。かつての僕がそうであったように。家族というそこに集った人々の日々はそうやって繰り返されるのだと、この年齢になると実感する。社会に出ないとわからないこと、大人にならないとわからないこと、親にならないとわからないこと。人生はそういうもので満ちていて、それを知る度に、終わりに近づいていく。
◆今年もたくさんの本を出すことができた。この幸せな状況がおおよそ十年ぐらい続いている。すべて、僕の書く物語をおもしろいと思ってくれた編集さんと、出そうと言ってくれた出版社と、売ろうと思ってくれた書店さんと、好きになってくれた読者の皆さんのお蔭です。本当にどこを向いても感謝ばかりでどこにも足を向けて寝られないので天井に向けています(嘘です)。
◆本当に、ありがとうございました。
◆来年も、書けるだけ書きます。もっといい物語が書けるんじゃないかと55歳になっても思っています。どうか、また来年もお付き合いください。
◆良いお年を! 毎年書いていますが、この言葉が大好きです。誰もがこの年の瀬に、今までの感謝と未来への希望と思いを込めて掛け合う言葉だと思っています。
◆皆さん、良いお年を!

メリークリスマスをあなたに2016年12月24日

◆メリークリスマス。

(ずっとクリスマスも年末もなくただひたすら書き続けているので更新できないけどせめてこの言葉だけでも)

◆僕はクリスマスが大好きです。どんなに世界を哀しみや苦しみが覆っても、この日だけはせめてこの時だけは、世界中の人たちがその言葉でほんの少し優しくできる、ほんの少し優しくなれる。そんな気がして。

◆メリークリスマス。あなたに幸せが訪れますように。

◆(できれば私が無事にあの原稿を年内に書き上げられますように祈ってくださいヽ( ´ー`)ノ)

クリスマスにはクリスティとスティングを2016年12月13日

◆気温がプラスになった日。
◆大雪で交通網がマヒして北海道だけではなく全国に影響してしまったここ何日かなんだけど、今日は打って変わってプラスの気温。雪が融ける融ける。まるで春が来たかのように。まぁ冬の北海道はこういうもんだよ。自然には人間は決して勝てないのだ。畏れをなしてただ通り過ぎるのを待つ。そういうもんだよ。
◆〈クリスマスにはクリスティを〉というのは、その昔にイギリスの出版社が仕掛けた宣伝コピーだったそうだ(細かいことは忘れちゃったけどたぶんそう)。クリスティというのはもちろんミステリーの女王アガサ・クリスティのこと。それを知った一人暮らしを始めた頃の小路青年は「なるほど」と思い、クリスマスの日には一人部屋に篭ってアガサ・クリスティを読んだものだ。名探偵ポアロはもちろんだけど、僕のお気に入りは短編にしか出てこない愛の探偵ハーリ・クィンものが好きだった。ハーリ・クィンについてはそのキャラクタを詳しく説明するとネタバレになり兼ねないのでしないけど、普通の探偵じゃない。興味の湧いた方はぜひ。
◆ところが一人暮らしを始めた頃、何故か某チャンネルで映画『スティング』をクリスマスの日に放映していた。確か、三年か四年連続で『スティング』をやっていたのだ。どういうわけかはわからないけど、小路青年にとっては永遠の名作なのでもちろんそれも部屋で一人で観ることにしていた。つまり、19歳からしばらくの間、僕のクリスマスは〈クリスティとスティング〉だったのだ。
◆なお、念のために申し添えると当時の僕はモテたので彼女がいなかったわけではない。彼女がいるのにあえてそうしていたのだ。ま、若かったからね。それがカッコいいとか思っていたんだよね。当時の彼女の皆さん申し訳なかったですヽ( ´ー`)ノ
◆で、何で今日クリスマスの話題にしたかというと、修羅場になっているのでもうしばらくの間はここを更新できそうにもないからです。毎年訪れるこの修羅場を無事に乗り切れることを祈っていただければ幸いです。
◆では皆様、良いクリスマスを。

ジョン・レノンが殺された冬の頃の僕は2016年12月08日

◆晴れたり曇ったり。
◆ジョン・レノンが死んだ日。僕は19歳だった。浪人中で、一人暮らしを始めて迎えた最初の冬の日。その頃の僕はまだミュージシャンへの夢を捨て切れずに、アルバイトしたりたまに予備校に行ったりライブハウスで歌ったりしていた。住んでいたアパートは、もうその頃でもあまり見かけなくなっていた木造の風呂なし共同玄関・炊事場・トイレという古いアパートだった。僕は部屋は六畳間で、何故か床の間があってその床の間には一応シンクがあって簡単な食事は作れるようにはなっていた。置いてある家具はカラーボックスと机と椅子と小さなテーブル、そしてステレオに小さなテレビに小さな冷蔵庫。それだけだった。すぐ近くに銭湯があって、一番風呂にもよく入っていた。近所のおじいさんたちと仲良くなって、日曜日に頼まれて物置の修繕なんかを引き受けたこともあった。
◆家賃は、確か一万五千円ぐらいだったはず。誤解のないように言えばその当時でも格段に安かった。それぐらい、オンボロのアパートだったんだ。アパートの裏にあった喫茶店のコーヒーは確か300円ぐらいじゃなかっただろうか。喫茶店のママは僕ら学生に優しくて、煙草を切らして買おうとするとよく自分のをくれた。ピザトーストが美味しくて、よく食べていた。
◆アパートの近くには、アルバイトで知り合ったSさんが出した小さな居酒屋があった。カウンターだけで十人も座ったら満席の本当に小さな部屋。Sさんは何故か僕を気に入ってくれていて、毎晩晩ご飯を150円で食べさせてくれた。ご飯に味噌汁に焼き魚だったりハンバーグだったりその日の仕入れによっていろいろ。自分の晩ご飯と一緒に僕の分も作ってくれたんだ。代わりに僕は皿洗いや片づけや、常連客の相手をしたりしていた。
◆まだ携帯電話もネットもない時代。日常の情報は新聞とテレビとラジオだけ。予備校に行って友達と少し遊んで部屋に帰ってきて、晩ご飯を食べようとSさんの居酒屋に行くと、Sさんと常連のMさんの二人だけで、そして店に流れる有線からはジョン・レノンの曲が流れていた。Sさんが、何故か暗い顔つきをしていて僕に言った。
「聞いた?」
「何を?」
「ジョン・レノンが殺されたって」
◆もちろん、ビートルズは大好きだった。ショックを受けて目の前が暗くなった、というほどのファンではなかったけれど、思わず「ええっ!」と大声を出して、椅子にストン、と座った。殺された、という言葉が本当に信じられなかった。有線はずっとレノンの曲を流していた。
◆時代はバブルへ向っていた。四畳半フォークを地で行くような暮らしをしていた僕も、すぐに小奇麗なマンションへ引っ越した。銭湯へ通う代わりに毎朝熱いシャワーを浴びはじめた。DCブランドの白いシャツを着たり、シャワーコロンをつけたりし始めた頃だ。
◆そんな暮らしをしていた。

思い出すと幸せな気持ちになる曲は2016年12月07日

◆晴れたり曇ったり雪が降ったり。
◆音楽が大好きな中年のおっさんなので、自分で意識して音楽を聴き出してからもう四十数年になる。これまでも聴いてきたアルバムの数はきっと少なく見積もって一年間に100枚としても4000枚だ。100枚ってことはないのでおそらくは一万枚は聴いているだろう。iTunesにもきっとその半分ぐらいの曲数は入っていると思う。歌謡曲からロック、ジャズ、フュージョン、ブルーズ、フォークソング、ニューミュージック、J-POP、アメリカンポップス、フレンチポップス、ヘビーメタルなどなどなどジャンルは多彩だ。クラシックも少しはあるか。大好きなミュージシャンはたくさんいるし、思い出の曲もたくさんある。いつ聴いても眼の奥が熱くなるような曲もある。
◆その中に、大好き! と大声では言わないけれど、ふとした折りにそのメロディがふいに頭に浮かんできて、つい口ずさんでしまう曲も何曲かいろいろとある。あぁ良い曲だったよなぁ、もう知ってる人は年寄りでコアな音楽ファンだけだよなぁ、っていう曲だ。
◆たとえば、加藤和彦さんの『シンガプーラ』だ。今、若い女の子にシンガプーラと言ったら「ネコ大好き!」と言われてしまうだろう。違うんだ、ネコの種類じゃないんだ。今でいうシンガポールはかつて〈シンガプーラ〉という名前だったんだ。アジアのエキゾチックな情緒あふれるイメージでの〈シンガプーラ〉だ。どこかで聴ける人は聴いてほしい。ゆったりとしたアジアンテイストで、加藤和彦さん独特の浮遊感溢れる佳作というべき一曲だ。
◆初めて聴いたのはたぶん中学生の頃だ。まだインターネットも何もない時代。シンガポールなんて写真か映画かテレビで観るしか、しかもほとんどそんな機会もない頃だ。ただ、歌詞の〈熱い風かきまわす 羽広げる扇風機 西東 血が混じる あの子の瞳に魅せられた シンガプーラ 人生を忘れそうこのアジアの片隅で〉その雰囲気にだけ憧れた。
◆誰にでも勧める名曲、とは申し訳ないけどたぶん言えない。でも、きっと人生の中でふっと思い出すと幸せな気持ちになってつい口ずさんでしまう歌。魅せられた歌。そういう歌はきっと誰にでも一曲はあるんじゃないか。僕にとって『シンガプーラ』はそんな歌だ。写真の『それから先のことは』に収録されている。アルバムタイトルの『それから先のことは』も同じく名曲だ。

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