SHOJI YUKIYA OFFICIAL SITE sakka-run:booklover’s longdiary since 1996.12.18

Diary

夏休み、中高生のための創作教室2017年07月27日

◆晴れ。暑いけど夜になればぐっと涼しい北海道の夏。
◆窓を開けていても寝苦しい夜なんかシーズンに一度か二度。まぁそんなになくてもいいんだけどね。でも少しはあった方が金鳥の蚊取り線香も活躍できる。いや実は毎年の夏に金鳥の蚊取り線香を蚊遣り豚で焚いているけど、蚊ってあんまり見かけないんだよね我が家。まぁ最初から網戸から中に入ってこられないっていうのもあるかもしれないけど、家の中で蚊を見たことなどほとんど記憶にない。
◆〈北海道立文学館〉というところ、毎年夏休みに〈中高生のための創作教室 文学道場〉というのを3日間やっている。そこで講師を勤めているのだ。もう5年とか6年とかそれぐらいやっているのでそろそろ他の方に替わってもらってもいいんじゃないかと思うのだが(^_^;)。まぁ夏休みの子供たちに会えて話ができるのは良い刺激になって楽しいといえば楽しいのだが。
◆正直なところ、とんでもない才能に出会ったりはしていない。でも、皆が締切りまでに自分の物語を仕上げている。それだけでも大したものだと思う。僕が中高生の頃なんかそんなこと思いもしなかった。〈小説家になれるかどうか〉の最低限の基準は〈最初から最後まで物語を書けるかどうか〉だと思う。本当になれるかどうかは才能と運次第だけど、少なくとも物語を最後まで書ける子にはその資質はある。実際のところ、文章を書くのが得意な人でも物語を一本仕上げるのはかなり難しいことなのだ。
◆中学生なら、文章の基本を守って楽しく書ければそれでいい。高校生にはもう少し厳しく言っている。独りよがりではいけない。言葉を正しく使おう。きちんと調べよう。何よりも、読者がいることを忘れないようにしよう。楽しんでもらえる物語に仕上げよう。何度も繰り返し言うのは、登場人物には歴史がある、ということだ。18歳の高校生が主人公なら18年間の人生があり、その向こうには家族がいる。性格は環境が作る。たとえば優しい男の子なら、どうしてその男の子は優しい男の子に育ったのかをきちんと考えなきゃならない。だから、必ず家系図を書かせている。物語に登場しなくても、その男の子のお父さんお母さんがどういう人物かも考えさせている。
◆物語って、そういうことだ。
◆小説家になんかならなくてもいいから(^_^;)、物語をずっと好きでいてほしい。

音楽があるから、僕の物語が書ける。2017年07月22日

◆晴れたり曇ったり。
◆相変わらず締切りに追われていて日記の更新も間が空いてしまう。夏本番になる前に記録的な暑さが続いていたけれどここのところは落ち着いている。まぁ北海道の夏はこんなものよね、という感じだけどあまりにも暑かったものだから一気に夏が終ってしまった感もなきにしもあらず。まだ7月なんだからもうちょっと短い夏を楽しませてくれよ。
◆仲良くしてもらっているミュージシャン〈踊ろうマチルダ〉くんが遊びに来た。プライベートなことなので詳しくは言えないけど、遊びに来られる環境なのだ。以前に会ったのは4年前のRSR(ライジングサン)のときだったので、4年ぶりか。マチルダくんは、7年ぶりのオリジナルフルアルバムの完成間近で、そのデモを持ってきてくれたのだ。ありがたくじっくり聴かせてもらった。詳しいことは9月に発売になってからここでじっくり書こうと思うけど、傑作だ。素晴らしいアルバム。代わりといってはなんだけど僕の新刊を上げたヽ( ´ー`)ノ
◆インディーズのミュージシャンと小説家はフリーという立場ではまったく同じだ。たとえば〈踊ろうマチルダ〉は日本各地のライブハウスでライブをやってお客さんからお金を貰う。小説家で言えばそれは出版社から依頼されて原稿を書いて原稿料を貰うのとまぁ同じだ。ミュージシャンはアルバムを作ってそれを売ってお金を得る。小説家は連載が終わったら単行本にしてもらって印税を得る。まぁ同じだ。ライブと連載で日銭を稼いで、アルバムと本でまとまったお金を稼ぐのだ。何より同じなのは、ファンの皆さんが自分たちの作品を愛してくれるから、喰っていけるのだ。本当にありがたいよね、と二人で頷きあっていた。
◆そんなような話をしながら、マチルダくんは僕の家にあったアコースティック・ギターをぽろぽろ弾いてくれたけど、ミュージシャンになりたくてなりたくて、でもなれなかった男としては本当に羨ましくてしょうがない。彼の指先から音楽が溢れ出してくるのだ。まぁそれを言ったら僕も指先から物語を紡ぎ出しているのだけど。〈踊ろうマチルダ〉くんは僕よりも二十歳も若い。息子と言っても通用する年齢だ。彼がこの先にどんな音楽を紡ぎ出していってくれるのか、楽しみでしょうがない。
◆僕は、音楽なしでは生きられない。音楽があるから、僕の物語が書ける。

夏の少女2017年07月14日

◆暑かった。明日も暑いらしい。
◆しかし夏は暑いものだ。暑いからこそ夏なのだ。そしてその夏を思いっ切り愉しめる10代20代の頃の僕らの夏と言えば山下達郎さんだった。大瀧詠一さんもそうだったし少し後になってサザンオールスターズも出てきたし人によっては矢沢永吉だろ! という人もいるだろうけど、僕は山下達郎さんだった。写真はその山下達郎さんの名盤『COME ALONG』が何十年ぶりかで新作で帰ってくる『COME ALONG3』だ。この夏はこれを聴いて35年以上も前の青春の頃の夏を思いだそうかと。暑いけどさ。
◆北海道の夏は短い。最近でこそ温暖化の影響なのかこういう猛暑日が続いたり寝苦しい夜があったりもするけど、それでもあっという間に終ってしまう。学校が夏休みに入るのが7月の25日ぐらいで、それからお盆になるまでのほんの二週間ぐらいが〈夏本番〉だった。まぁその何もかも解放感に満ちあふれる夏の間にいろいろとバカなことをやってしまうのが若さであって、その短い夏の間にあんなことやこんなことやそんなことをいろいろやってしまってそれはとてもここに書けないのでいつか物語の中で昇華しようとは思うけれど。
◆そんな若さが暴走してしまう夏がやってくる前の時代の夏。小学生の頃の夏休みに、小さな思い出がある。小学生の頃は北海道の留萌というところの、そのまた奥にある小平(おびら)という町に祖母が住んでいた(そう、ザンティピーの物語で描いたオ・ヴィラのモデルになったところです)。祖母の家は海まで歩いて五分、海水浴場までは十分ぐらいのところだったので、毎年の夏はそこで何日かを過ごしていた。たぶん、祖母の家の近くに住んでいたんだろうKちゃんという女の子とよく遊んだ。ひとつ上だったはずだ。約束をするわけでもなく、祖母の家に行って海に遊びに行くと必ずといっていいほどKちゃんと顔を合わせて、海で遊んでいた。夕暮れ時になって遊び疲れたら近くの温泉施設にも一緒に行って潮っぽくなった身体をお湯で流した。小学生のことだから男湯か女湯か忘れたけど一緒に入っていたのだ。Kちゃんは妹を連れてきていて、僕も年下の従弟と必ず一緒だったのでお兄さんお姉さんとしてよく話をした。面倒をみなきゃならないめんどくささなんかも、二人で愚痴ったりしたのを覚えている。僕は旭川という北海道第二の都市に住んでいた(北海道の中では)都会の子だったので、いつか旭川のデパートにも行きたいというKちゃんと約束もした。そのときは街で会おうねと。
◆6年生の夏には、Kちゃんに会えなかった。そして僕が中学1年になって仲の良いクラスメイトを連れて海水浴に来たときにも、会えなかった。祖母の家の近所であることは知っていたけど、どこが家かは知らなかった。中学2年、3年の夏は親友たちと別の町へキャンプに行った。だから、Kちゃんに会えたのは小学5年の夏休みが最後だった。
◆もうその顔も姿も朧げでよく思い出せないけど、髪が短くて、リスのようなくりっとした瞳だったことはよく覚えている。

10代の終わり20代の初め。本屋さんとレコード屋さんと喫茶店。2017年07月12日

◆今日も暑かった。明日も暑いといふ。
◆10代20代の頃は何時間でも本屋さんにいられた。まぁ何時間というのは大袈裟でさすがに4時間も5時間もいたことはないが、3時間は居続けたことはあるはず。もちろん、その間ずっと本を読んでいるか探し続けているのだ。何せ、お金はなかった。僕は早くから親に頼らずバイトで稼いだ金だけで生活を始めたので本当にお金がなかった。だから、千円札が確実に出て行くハードカバーの本を買うというのもものすごく大変なことだった。大好きな作家さんの本を買うのはもちろんだけど、そういう本がないときに本屋さんでいかに自分の好みの、あるいは面白そうな本を見つけて買うかは重要案件だったのだ。もちろん、小説だけとは限らない。ノンフィクションの類いも図鑑のようなものもとにかく面白そうなものを探して何冊も何十冊も本を手に取り開いて最初の一行を読んでいた。
◆いくら立ち読みしても本屋さんでは怒られない(むろん漫画は別だろうし限度ってものもあるが)。もちろんマナーは必要だ。本に手あかが付いたり開き癖が付いたりしてはその本は売れなくなってしまう。そっと手に取り、そっと開き、そっとページをめくる。そこの空気をできるだけ乱さぬように静かに佇んで読んで、そしてまたあったところにそっと丁寧に戻す。本屋さんでの作法は、本好きなら教えられなくても自然に身に付くものだ。この本が欲しいな、と思ってもその本がちょっと高かったりしたら、戻すときに次に来るときまでありますようにと思いながら戻す。毎日通っていたからそこの棚を通る度に確認してよしまだある、と思って安心して、そしてバイト代が出たときにいそいそと買いに行く。もしもなくなっていたら、気合いを入れて歩いて回れる本屋さんを全部回って探した。その当時の札幌の街中(つまり、中心部)の本屋さんだったらどこの棚にどんな本があるかはほとんど記憶していた。
◆当時何人かの女性とお付き合いをしたことはあるけれど、本屋さんに一緒に行ったことは一度もなかった。本屋さんは、一人で行くものだ。仮に彼女と一緒に行くにしても彼女も同じぐらいの本好きでないとならない。同じぐらい長い時間を過ごしても平気でいられる人じゃないと落ち着いて本など探せない。
◆買った本は、かならず自分の部屋に帰ってから読んだ。喫茶店は僕にとってはバイト先か、あるいは友達か彼女と楽しく話して過ごす場所か、店主の流す音楽をコーヒーの香りと一緒にじっくりと楽しむ場所だったから。
◆10代の終わり20代の初め。本屋さんとレコード屋さんと喫茶店。それのどこかに僕は必ずいた。

『スターダストパレード』が文庫になります2017年07月09日

◆晴れ。今日も30度超え。
◆3日続けて30度を超えるという7月初旬にして真夏じゃん、という北海道。まぁ夏は暑くなってもらわないと困るのだが、いきなり過ぎる。心も身体もついていかない。夜は寒いって言って暖房つけたいとか言ってたのはほんの何日か前なのに。
◆さて、3年ほど前に講談社さんから久しぶりに出した単行本『スターダストパレード』が今月に文庫になります。14日ぐらいには店頭に出るのではないかと思います。忘れられてるかと思いますが実は僕は講談社主催の〈メフィスト賞〉作家でして、あの森博嗣さんとか西尾維新さんとか辻村深月さんとかと同じ賞の受賞者なのです(名前出さなかった人ごめんなさいヽ( ´ー`)ノ)。そのメフィスト賞の本誌〈メフィスト〉で、受賞後十年近く経ってからようやく初めて連載したのがこの『スターダストパレード』でしたね。時代は1980年、元暴走族のヘッドだったマモルが、刑務所を出るところから物語が始まります。出迎えてくれたのは兄とも父とも慕い、けれども自分を無実の罪で刑務所にぶちこんだ刑事の鷹原。その鷹原は、フランスとのハーフの幼稚園の女の子ニノンを連れていました。そしてマモルに言うのです。「この子を、守ってくれ」。そこから、物語は動き出します。何故マモルは刑務所にぶちこまれたのか。どうして刑事である鷹原はニノンを連れてきたのか。死んでしまったというニノンの母親の死の真相は……。マモルは自分のことを気に入ってくれたニノンを守るために、そして鷹原とともに自分の過去とも向き合うために車を走らせます。そんなような、物語です。楽しんで貰えたら嬉しいです。
◆実はこの〈スターダストパレード〉というタイトル。僕の作品に『Q.O.L』(集英社)という物語があるのですが、それに仮題としてつけていたタイトルなのです。いろいろありましてボツになったタイトルなのですが、気に入っていたのでここに持ってきたという裏話があります。残念ながら『Q.O.L』(集英社)自体が文庫化もされずに今現在幻の作品と化しつつあるんですよね(^_^;)。読んだことある方なら、そういえば何となく雰囲気が似かよっていると思うのではないでしょうか。

ページトップへ