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2014年1月8日(水) 遅ればせながら明けましておめでとうございます
◆札幌は雪が降ったり曇ったり。moulinbu
◆思い起こせば昨年のクリスマスに終わらせるはずだった原稿がどんどん遅れてその他の締切りも遅れて年末も正月もまったくない状態でずーっと書いていました。ええ、他に一切何もしておりません。世の中で何が起こっていたのかも知りません。笑ってはいけないも録画したままです。先程ようやく遅れに遅れた昨年中の全ての締切りを終わらせ、ようやく明日からは今年の締切りをこなしていけます。でもそれも既にギリギリです。遅れないようにしないと。
◆と、仕事の依頼があり続けるという幸せな状態で2014年を迎えることができました。これも応援してくれる皆様のお陰です。本当にありがとうございます。今年も書き続けますのでどうぞよろしくお願いします。
◆いやー、なかなか厳しかったね。やっぱりね、ほんの七、八年前だけどデビューしたての頃と比べると集中力もなくなっている。4月になれば53歳だからね。そりゃあ衰えるわ。あの頃は一晩で100枚書く体力あったけれど、今はない。今年は何とか自分の衰えを計算に入れながら依頼を受けなきゃね。
◆去年、怒濤のように連載が終わってそれは今年どんどん単行本で出ます。そして、お陰様で今年も新連載がいくつか入っていますのでどんどん書いて行きます。新年の抱負はいつでも同じで、とにかく少しでも高度を上げた作品を書けるように頑張るのみです。休む? ちゃんちゃらおかしいぜ。石は転がり続けなきゃ苔が生えちまうぜ。ROCK 'N' ROLL!!
◆というわけで、明日からまた普通に日記を更新できると思います。ネタはないけどね。どうぞ今年もよろしくお願いします。

1月9日(木) 日々 大瀧詠一さん
◆晴れたり雪が降ったり。alongvacation
◆年末にミュージシャンの大瀧詠一さんが亡くなられた。訃報を伝える画面を見ながら3秒ほど固まってしまったが、とにかく書かなければならなかったので、全てをシャットアウトして原稿を書いた。
〈はっぴいえんど〉に衝撃を受けた一ファンである僕が何を語ってもたぶん届かないほど大きな人を亡くしてしまった。大瀧詠一さんの名盤〈A LONG VACATION〉が世に出たのは1981年。僕は20歳だった。大げさではなく、あの80年代の空気は大瀧詠一さんのサウンドそのものだった。僕らは大瀧詠一さんの曲を聞きながら永遠の夏の中で恋と挫折を繰り返していた。あの時代に青春を過ごした人なら誰もが頷いてくれると思う。その人が突然いなくなってしまった。拙作『東亰バンドワゴン』の〈バンドワゴン〉は、大瀧詠一さんと共に〈はっぴいえんど〉のメンバーだった鈴木茂さんの名盤からいただいた。その本が大瀧さんを師と仰ぐ伊藤銀次さんと知りあうきっかけをくれた。そしてナイアガラトライアングルの一人である佐野元春さんと一緒に仕事ができた。僕もまた大瀧詠一さんのサウンドに包まれて歩き続ける一人だと、僭越ながら、勝手に思っている。
◆ありがとうございました。いつか向こうでお会いできたときに「お前も頑張ったじゃないか」と肩を叩いてもらえるように、作品を作り続けます。
◆僕は今年で53歳になる。若い頃に影響を受けた大好きなミュージシャンの皆さんは当然年上ばかりだ。この先も訃報を聞くことがどんどん増えていくのだろう。悲しいことだけど、それが人生だ。

1月10日(金) 日々
◆晴れ。しかし隣町は大荒れ。ひどかったらしい。songfor
◆年末だか正月だかにホリエモンこと堀江貴文さんのtwitterが炎上したそうだ。そのきっかけは堀江さんのこのツイートだそうだ。確認してそのまま掲載する。まずこういうツイートがあった〈今、新幹線で後方の席の子どもが泣いてて、隣の席の女性がうるせーな、って言いながら舌打ちしたんだけど、そういう人は新幹線自由席じゃなく、車で移動すべきだ。公共交通というのは、老若男女、色んな人が乗るもの。公共圏は、我々が当事者意識と寛容によって生み出すものだと思う。〉これに堀江さんはこうRTを飛ばした〈舌打ちくらいいいんじゃないかと思ったりするwww〉。ここから喧々諤々の炎上が始まったのだけどそこはどうでもいい。堀江さんの〈舌打ちくらいいいんじゃないかと思ったりするwww〉という一番最初のツイートのみで、そもそもそういう意見を持ち発言するという時点で、僕は彼を(会ったこともないけどそれだけで)問答無用で品性下劣な男だと判断する。以上。
◆僕はくだらないことは大好きだけど、下品な奴は大嫌いだ。
◆写真は映画〈アンコール!!〉。でも原題そのままでいいんじゃないかなぁ〈SONG FOR MARION〉。
◆できれば毎日笑って暮らしたい。くだらないことで怒ると疲れる。前へ進むエネルギーが失われる。笑って暮らしていけるように努力したい。
◆寮暮らしをしている次男が帰ってきている。すぐにまた寮に帰るけれど。彼が大学にでもいけばいよいよ夫婦二人だけの暮らしだろう。人生の節目も近い。とかいって次男が地元の大学行って四年間ずっとデカイ図体して自宅にいるという事態も考えられるのだがヽ( ´ー`)ノ

1月11日(土) 日々
◆晴れたり曇ったり。brutusnichiyou
◆もちろんまだ冬真っ盛りの北海道。これから雪もガンガン降るし寒さはどんどん厳しくなる。雪は普通に4月までしっかり残っている。でも、1月になると気分は変わる。12月までは〈冬を待つ季節〉だったのだけど、1月からは〈春を待つ季節〉になる(と、勝手に思っている)。どんなに雪が積もろうが気温が下がろうがその先には春が待っているのだ。正直、雪の降らない土地に住みたいとおも思う。冬の雪かきがなかったらどんなに毎日楽だろう。でも、土の匂いが立ちこめてきて草花の芽吹きがあんなにも愛おしく感じられる濃厚な〈春〉があたりまえの暮らしをしていると、きっと雪のない冬は味気なく感じるのだろうと思う。
◆犬がいなくなった生活になってしばらく経つ。もう犬の定位置をつい見たり散歩の時間を思い出すこともなくなった。でも先日、久しぶりにショートケーキを買ってきて家族で食べた。普通のイチゴのショートケーキだ。周りについている透明なセロファンを剝がしたとき、つい「ミル」と呼びそうになった。このクリームが少しついたセロファンをよく嘗めさせていたんだ。久しぶりにほんの少し淋しくなって苦笑いをした。
◆確か12月の頭に欲しくなって新しいよそ行き用の手袋をネットで買ったのだが、今シーズンまだ一度もしていない。どんだけ外出していないんだ俺。外に出るのは雪狩り(雪かき)のときだけだな。
◆淡路恵子さんが亡くなられた。特にファンでもなかったのだが、ドラゴンクエストの大ファンでいらっしゃって「ドラクエにネットはいらない」というのに共感していた。淡路さんにテレビの大画面でスタンドアロンのドラクエ11をやらせてあげたかった(そして僕もやりたい)と思う。

1月13日(月) 二十歳の頃
◆晴れたり吹雪いたり雪かきの毎日。typist
◆二十歳の頃。喫茶店で毎日アルバイトをしていた。まだプロのミュージシャンになれると思っていた。作詞作曲をしてライブハウスで歌っていた。毎晩のように友達と遊び歩いていた。実家に帰ることはほとんどなかった。引っ越しを二回した。何万もする服をローンで買っていた。彼女はいたけど他の女性ともたくさん遊んでいた。車は持っていなかった。お風呂はほとんど入らないでシャワーばかりだった。コーヒーをサイフォンで落としていた。クリスマスには必ずアガサ・クリスティを読んでいた。体重が五十キロもなかった。髪の毛は肩ぐらいまであった。ギターは正直下手くそだった。でも作詞には自信があった。小説家になろうなんて1ミリも考えていなかった。でも読書はよくしていた。姉に借金をしていた。友達はたくさんいた。盛り場に行きつけの店がたくさんあった。テレビはほとんど観ていなかった。大人に説教された。年上の女性と別れた。後悔をいくつも重ねた。母親を泣かせた。父親を失望させた。本当に、本当に何の力もないただのガキだった。それでも、毎日に、悪い予感の欠けらもなかった。
◆写真は映画『タイピスト!』。これは観なきゃ。
◆まぁ正直二十歳の頃の自分と今の自分を比べてどこかが変わったかと言えば体重が10キロ以上増えたぐらいであと言いたくないけど前頭部の髪の毛が後退したぐらいで他は何も変わっていない。経験値が増えたのでそれなりに大人にはなっているのだけど。思えばあの頃からずっと僕はろくでなしだ。人様に迷惑を掛けることはないけれども。
◆新成人の皆さん、おめでとうございます。希望を見つけてください。それが前へ進むエネルギーを生み出します。

1月15日(水) ○○歳の頃
◆晴れたり吹雪いたり。忙しい天気。ttb
◆先日の日記を書いたときにいろいろ思い出してしまった。そして、誰にでもあったかもしれない人生のターニングポイントみたいなところは、僕はどこだったんだろうと考えた。24歳のときに就職したとか、30歳の誕生日に作家になろうと決めたときとか、38歳で会社を辞めたときとか考えればいくつか出てくるけれど、ふと、高校受験に落ちたときかなぁと思った。ある公立高校に絶対受かると思っていて滑り止めの私立は受けなかった(何故滑り止めを受けなかったのかよく覚えていない)。でも、その公立高校に落ちてしまったのだ。びっくりした。そして、結局は国立高専に行くことになるのだけど、どこにも所属がない空白の何日かがあった。いったい自分はこれからどうなるんだろう、という空白の期間だ。その間にもう行く高校が決まっていた同級生たちと会って「小路はこれからどうするの?」と聞かれた。その時に僕の口から出て来たのは「ギター弾くかな。定時制でも行って、好きなことだけやって生きてく」。まぁ明らかにガキの戯言だったのだけど、確かに僕は自分の考えでそう思って言って、結局なんだかんだでそのまま好きなことばかりやって生きてきてしまったのだ。
◆写真は〈テデスキ・トラックス・バンド〉『MADE UP MIND』.。
◆まぁでも、その高校に落ちたお陰で僕は初めて挫折というものを味わった。あのときに味わった思いは後々社会に出てから随分役に立ったと思い出す。経験に無駄なものなどない。全てが栄養になる。問題は、そういうせっかくの経験を無駄にしてしまうことだ。無駄にしないようにするために、どんなに若くても自分のやってきたことを振り返り思い出すというのは必要なことだと思う。

1月18日(土) お知らせなど
◆晴れ。寒い。随分と冷え込んでいる北海道。brucehighhopes
◆少し先の話ですが、2月23日(日)東京・神保町で行われる〈10代の読書会〉というイベントのゲストにお呼ばれしました。場所や申し込み方法など詳しくはこちらを。タイトル通り10代の方限定です。課題図書は『東京バンドワゴン』シリーズ。10代の方、楽しくお話しましょう。
◆いかにも酒を飲みそうな顔をしているのだけど、実は飲まない。飲めないのではなく飲まない。何故かと言われればアルコールが体質に合わない。飲んでもまったく酔わないで、身体があちこちかゆくなってくるのだ。そうして食べたものをリバースしてしまうのだ。つまり、酒を飲むメリットが何もない。それでも二十歳過ぎまでは一晩でバーボンのボトル開けるだのさんざん無茶に飲んだのだけど(おい)、いいかげん面倒くさくなってきて20代半ばには宴会でもまったく飲まなくなった。でも、お酒の味は判るし好きだ。今でも友人と飲みに行くと、友人の飲んでる上手い酒を一口だけもらったりする。
◆僕の若い時分は世間がお酒に寛容だった。僕はちょっと変わった環境にいたので高校に入った頃から飲みに出掛けていて高一で既に朝帰りをして二日酔いで学校に行ったりしたこともある。煙草もその頃から普通に毎日吸っていた。昔は良かったの話ではなく、そういう時代だった。あ、まぁ僕らが特殊でおかしかったのだろうけどね。もちろんそんなことをしないクラスメイトはたくさんいたから。でもあの頃は音楽やってる奴らは大体そんな感じだったのだ。
◆その頃の話は拙著『ダウンタウン』(河出書房新社)でも書いたけど、もう少し音楽寄りバンド寄りの話を書きたいなぁと思う。魅力的な音楽仲間はたくさんいたのだ。どこかで書かせてくれないかな。
◆お酒はほどほどに楽しく飲みましょう。写真はブルース・スプリングスティーンの新譜『HIGH HOPES』

1月19日(日) 日々
◆晴れ。穏やかな天候。yorunodaisaousen
◆映画が大好きだ。一番最初に映画館で観た映画は、たぶん高倉健さんの『網走番外地』と『大怪獣ガメラ』だ。どちらも幼稚園の頃だった。『網走番外地』はたぶん叔父さんが連れて行ってくれたような気がする。子供なので当然ガメラは大好きになり全てのシリーズを映画館で観たはずだ。ゴジラも、それから大魔神なども。そういう特撮もの以外で大好きになり、今でも心に深く残っているのは『フォロー・ミー』と『チキ・チキ・バン・バン』と『小さな恋のメロディ』の三本だ。この三本はひょっとしたら僕の深いところを形作ったかもしれない。拙作『東京公園』は『フォロー・ミー』へのオマージュだし、『蜂蜜秘密』のレオとサリーとジャックは、実は『小さな恋のメロディ』のダニエルとメロディとトムだ。男二人に女一人といういわゆるドリカム状態の登場人物が僕の作品に多いのはここの影響もあると思う。
◆広告業界に入った24歳の時期は、ちょうどレンタルビデオの最盛期になっていた。広告の基礎がまったくないまま業界に入った僕はいろんな感覚を身に付けようと、映画をとにかく観た(映画はあらゆる年代・世界・デザインを知る勉強になる)。年間300本は観たんじゃないかと思うぐらい観た。今はさすがにそんなに観られないけど、それでも年間50や60は観てるだろう。
◆僕の小説の音律、音韻は基本的に映像だ。それは間違いないと思う。写真はあの名作がBlu-rayで観られるようになった。『夜の大捜査線』。
◆でもそれでいいかと言うとそうでもないだろう。もっと高いところを飛ぶような物語を書くためにはどうしたらいいのか。音律・音韻はこのままでいいのか。常に考えて作品を書かなきゃね。
◆とりあえず映画サイコー。溜っているDVDを観倒したい。

1月20日(月) 日々
◆晴れたり曇ったり。ここ何日か雪が降らないので助かる。shouwanouta
◆某ドラマが、あだ名や設定でいろいろ物議をかもし出している。何だかなぁと思う。小説家も基本的にはそういうものと常に隣り合わせの商売だ。
◆作家なら誰でも一作仕上げるために〈言葉狩り〉とは戦っているのだ。使っていけない、使うのは望ましくない言葉を物語中で使うと校閲でチェックが入る。要するに差別用語や放送禁止用語(放送じゃないけどね)だ。
◆僕は、世の中に差別や区別はあるものだし、物語として必要であればその表現もきちんとすべきだと考える。だから差別用語も必要であれば使うべきだと考えている。そもそも〈差別用語〉という定義がおかしいと思っている。ただ幸いなのかどうかわかんないけど、そういう言葉を使う場面が出てくるような作風ではないので(^_^;)、今まで揉めた事はほとんどない(まぁ揉めるのが面倒くさいし出版社の立場もわかるので言い換えとかしてるけどね大人なので)。
◆一度だけ、揉めたことがある。そのときは「僕としては問題ないと捉えているのでそのまま載せたい。ただ、そちら(編集部)が削除したいと考えているのならそちらの判断で削除して掲載してください。それに対して文句は言いません(でもそうしたなら俺はもうそちらでは書かないよわかってるよね?)」とした。結果、しばらくの間その出版社からは一切依頼は来なかった。そしてまた時は流れ「あの件は水に流してそろそろ書いてくれない?」と言ってきた。勘一なら「ふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ!」と怒るところだろうが、僕は〈来た依頼は受ける〉がポリシーであるので「はいはいわかりました」とヽ( ´ー`)ノ
◆無用な戦いは避けるに限る。でも、もしも、どうしても戦わなきゃならないときが来たのなら、全てをなげうってでも戦う。その覚悟は、小説家なら誰もが持っている。はずだ。
◆写真は泉谷しげるさん〈昭和の歌よ、ありがとう〉

1月23日(木) 『札幌アンダーソング』
◆晴れたけど、雪かきに疲れた日。sapproander
◆まぁ確かに雪かきは疲れるし嫌なんだけど、こうして思いっ切り晴れた日の雪景色っていうのはたとえそれがただの住宅街でもきれいなんですよ。そういう日に届いたのは今月の新刊『札幌アンダーソング』(角川書店)です。角川書店さんのwebマガジン〈sari-sari〉で連載していたものに加筆修正しました。
◆とにかく変な物語を思いついてしまったのです。主人公は札幌に住むもうすぐ二十歳の青年、大学生〈志村春〉です。この春が、とにかく〈天才で変態〉なのです。何故〈天才で変態〉なのかを説明すると長くなってしまうので、あぁなるほど、と納得してもらうには読んでもらった方がいいです。彼が天才になったのも変態なのもきちんとした理由があるのです。
◆舞台は北の都である札幌ですが、開拓されてたかだが百数十年のこの地にも〈歴史〉があります。その歴史は〈未開の地〉であったが故に、他の日本の地ではありえないような〈裏の歴史〉もありました。主人公である春はある理由で(それが彼を天才にもしているのですが)そこにも通じているのです。そして春と対決することになるもう一人の天才がいます。彼もまた札幌の(ひいては北海道の)闇の部分を受け持つ人間でもありました。物語はある事件をきっかけにした、この二人の〈出会い〉を描きます。そうなのです、一応物語は決着を見ますが、出会いだけを描いて、二人の戦いは始まったばかりだ! というところで終わります。構想はありますのでこの後も春の活躍を描きたいところですが、まぁその辺はどうなるかまだわかりません。何せ札幌の闇の部分を扱っておりますのでどこからか政治的な横やりが入って書けなくなるかもしれません(大嘘)。装幀はご覧の通り思いっ切りあちらの方向に振り切っておりますが、これは担当編集さんの好みであります(^_^;)。それも含めて、この変な物語を楽しんでいただけると嬉しいです。

1月25日(土) 日々
◆曇り。少し雪が降ったけど積もるほどでもない。item13
◆庭に小さな木製の物置があるのだけど、屋根に勾配がついている。雪が大量にそこに積もって雪が滑り落ちると隣家の灯油タンク(北国特有の外に設置する大きなもの)にぶつかってしまう可能性があるので、雪下ろしをしなきゃならないので今日の昼間にやった。毎年この物置の向きを変えるか新しいものを造ろうと考えるのだけど、いつもそのままになってしまう。何故かと言うと今のこの家を〈終の住み処〉とする決意がまだないのだ。子供たちが巣立ってしまえばここに住み続ける理由は特にない。妻はおおむね専業主婦だし、僕の仕事はどこでもできる。この家を売る売らないは別にしても、夫婦二人ならどこに住んでもいい。離れるなら家に手を掛ける予算はもったいない。という話をここのところ毎年のように妻としている。このままそんな話をしながら何年も、ひょっとしたら何十年も過ごすのだろうなぁという気もしている。
◆今年の刊行予定を。1月『札幌アンダーソング』(角川書店)、2月『スタンダップダブル! 甲子園ステージ』(角川春樹事務所)、4月『オール・ユー・ニード・イズ・ラブ 東京バンドワゴン』(集英社)、5月『ナモナキラクエン』(角川文庫)、6月『すべての神様の十月』(PHP)、7月『ビタースイートワルツ』(実業之日本社)、8月か9月『スターダストパレード』(講談社)、刊行月未定として『石田荘物語』(寿郎社)、『オールディーズ・ロマンス』(小学館)、『旅者の歌2』『ザンティピーシリーズ』(幻冬舎)、『猫と妻と暮らす』(徳間文庫)などが予定されています。今年もたくさん出てしまって済みません。どうぞよろしくお願いします。写真は映画『42 世界を変えた男』。いいよねぇ。
◆自信を持つことと、見下すことはイコールじゃない。誇りを持つことと、傲慢にふるまうことはイコールじゃない。実は世の中の全ての仕事は、誰かのためにするものなんだ。自分がやっている仕事以外の全ては、他の人がやっている仕事のお世話になっているんだ。そういうことを、子供のうちにきちんと教えなきゃ。僕らは教えられたよ。簡単な言葉で。「お茶わんについたご飯つぶもきれいに食べなさい」って。

1月27日(月) 日々
◆曇り時々雪。jimearly
◆今年こそ趣味を何とか見つけたいともう何十年も言ってる。読書も映画鑑賞も音楽鑑賞も全部趣味ではなく食べ物だ。それがないと死んでしまう。しかも仕事にも直結している。なので盆栽とか、絵を描くとか、囲碁とか、編み物とか、陶芸とか、何かそういうものを見つけたいのだ。スポーツは運動不足解消の手段になってしまうので趣味ではない。写真を撮ろうかと思ったこともあったのだ。カメラは大好きだ。何台か持っているけど、でもどうやら僕は持っただけで写真を撮らないで満足している。つまり収集癖なのだね。それは余りにも金が掛かり過ぎるので却下。どこかに運命的な出会いをする趣味は転がっていないものか。
◆戦争はなくならないと言う。でも人と人はわかり合えると言う。じゃあ戦争を起こしているのは、起こすのは誰だ。何故戦争をするのか。国があるからだと言う。国という概念がある限り戦争はなくならないと言う。じゃあ、国をなくせばいいのか。そもそも国とは何だ。陣地だ。人は知恵を持った瞬間から終わりのない陣取り合戦をしている。もし今、宇宙のどこにでも行ける技術があったとしたら、星の独占を巡って各国で争いが起こるのは必至だろう。やれやれだ。
◆満足すればいいんだ。幸せだと思える状態を作り、それが永遠に続けば陣取り合戦をすることもない。それで戦争はなくなる。でも、誰もが満足している世界なんて、気持ち悪くないか?
◆結局人間は我儘な猿だ。争いはなくならない。でも、我儘だけど、優しい猿でもある。人は人に優しくなれる。たとえわかり合えなかったとしても、優しくすることはできる。写真は〈ジム・ジャームッシュ初期三部作Blu-rayBOX〉

1月29日(水) 日々
◆吹雪のち晴れ。今日も雪かきの平常運転。shikakenin
◆ドラマがどうのこうのとかまびすしいので、ドラマの話。何度も言ってるけれど僕ら(今の五十代)は〈テレビっ子〉と呼ばれた最初の世代だ。物心ついたときにテレビが我が家にやってきて、白黒画面に釘付けになった。カラーテレビなどは本当にもう衝撃的だった。思えば小さい頃から世の中に〈衝撃的〉なことばかりが起こって、いろんな意味で幸せだったのだと思う。とにかくドラマは観ていた。〈茶の間〉と呼ばれていた時代から見続けていた〈ホームドラマ(そしてテレビドラマ)〉への愛を詰め込んだのが〈東京バンドワゴンシリーズ〉だ。
◆その中で、初めて自分の意志で「これだけは何があっても観たいからお願い!」と父母に頼み込んだのが〈必殺仕掛人〉だった。小学校五年生のときだ。時代劇が好きだった父と一緒に初回放送を観たけど「これはお前にはダメだ」と父に言われた。確かに11歳の子供に見せるのには憚られる内容だった。金を貰って人を殺すのだ。しかもお色気シーンもたっぷりのかなりハードなものだったから、父がそう言ったのも無理はない。でも、泣いて頼んだのだ。それほど夢中になってしまった。何が子供の僕の心をそんなに捉えたのか。今にして思えば〈生かしちゃおけない悪党を殺す〉という一点に、映像も物語も演技も全て、その美学を収斂させた制作者渾身の作品だったというとことだ。
◆いいドラマは、作品は残る。ただそれだけの話だ。自戒を込めて。
◆いい作品を書かなきゃ。